アッペンツェルは、スイスの東の端。
ドイツ国境にほどちかい、ビールとチーズと、赤いチョッキの民族衣装、それから「こぐまパン」という焼き菓子が有名なのどかな街である。
「空色」の絵の具でひたすらぬりつぶしたような、どこまでもつづくあかるい空。
その空の下に並行して幾重にもつらなるのは、こどもが「みどり」のクレヨンで気ままにぬりかさねたような大小の丘だ。
丘のあいだをぬうようにすすむと、おもちゃみたいな小さな教会や、牛の群れ、オレンジがかった茶色の屋根の民家がポツリポツリとすがたをあらわす。
まるでページをめくるうち、絵本の中に迷いこんでしまったようなこの街に、ジュディとマーチンは暮らしている。
厩舎の前に車をとめ、ぶどうの蔓とゼラニウムで縁どられた母屋に面した中庭をのぞくと、草まみれのモジャモジャの黒い巻き毛をこすりつけ歓迎してくれたのは、ドゥードゥル犬のアマドゥだ。
「ちょうどケーキをオーブンから出すとこなの」
なべつかみのミトンを両手にはめたジュディが台所から顔をだし、大興奮のアマドゥをちょっとたしなめて、それからキョロキョロするわたしたちに、目配せしてくれた。
「パラソルの下よ」
中庭にひろげられた赤いパラソルの下。クラシックな乳母車のなかで、マッテオくんは、スヤスヤ気持ちよさそうに眠っていた。
わたしは、お祝いのテディベアを、乳母車のすみにそうっとおいた。
マッテオくんを起こさないよう、おそるおそる。
マッテオくんは、七週間前に生まれたばかりの、ジュディとマーチンの初孫だ。
陣痛がはじまって、助産院にいって、マッテオくんを産んで、歩いて自宅に帰ってくるまで4時間だったというふたりの娘のサラは、世の中的にはとっくに高齢出産に分類される年齢だ。
「乗馬がよかったのかもね」
サラは、冗談ぽく笑ってそういったが、案外まじめにそれが超安産の理由かもしれないと、わたしはおもう。
なにしろ、ちょっと前までサラのペットは馬だったのだ。
大学を卒業したあと、父親のマーチンが経営する馬の牧場を手伝ったり、ホテルで働いたりしながら、音楽の勉強をつづけていたのだが、三十も半ばをすぎてからハリウッドに留学したサラ。
いまはインスブルクの大学で博士課程をとりながら、テレビドラマや映画音楽の作曲・編曲のしごとをしている。
結婚どころか浮いた話もきいたことがなかったのだけど、かといって焦るふうでも肩肘はるでもなくいつでも自然体。
てっきり、マイペースに好きなことをきわめ人生を謳歌しているのだ、とおもっていたら、まるで風にでも吹かれるように、さらりと母親になってしまった。
そんなサラの生き方をみていると、時間からも、場所からも、年齢からも、世間からも圧倒的に自由なかんじがして、わたしはいつもちょっとうらやましくなってしまう。
年だから、女だから、仕事だから、、あげつらえばきりがない数々のしがらみに絡めとられ、不自由きわまりなかった過去の自分を、ついふりかえってしまうからだ。
「おなかすいたかな。それとも、おむつかな。」
マッテオくんの泣き声に、サラがたちあがって乳母車をのぞく。
うまれたばかりの赤ちゃんは、いいたいことを伝える言葉をもたず、じぶんで行きたいところへ歩いていくこともできない。
かんがえてみれば、ずいぶん不自由な身のうえなのである。
でもすくなくとも、精神的にはなにものにもとらわれることなく、まっさらな状態でひとはみんなうまれてくる。
それが、乳母車をでて、じぶんの足で行きたいところに行け、じぶんの言葉でいいたいことを言えるようになり、じぶんが思ったように生きられる自由を手にしたとたん、いろんなしがらみに絡めとられて、精神の自由をみずから放棄してしまうのはどうしてなのだろう?
それが、大人になることだ、とひとはいうけれど、、そういいながらどうじにそれが安易ないいわけにすぎないことを、わたしたちは頭のどこかでわかっているはずなのだ。
「アッペンツェルのワインをどうぞ」
マーチンが開けてくれた赤ワインのラベルには、民族衣装の赤いチョッキが描かれていた。
そういえば、ビールと、チーズと、赤いチョッキとこぐまパン、アッペンツェルには有名なものがもうひとつ。
「直接民主制」だ。
アッペンツェルは、いまだに法改正や議員選出を有権者である市民が広場にいちどうに会し、挙手できめているという、世界でもめずらしい街なのである。
マーチンがグラスに注いでくれた赤いチョッキの赤ワインは、そんなアッペンツェルのひとたちの気質がとけこんだような、甘いようでパンチがきいた味がした。
もしかしたら。
じぶんの頭で考え、じぶんの足で行きたいところへ行き、じぶんの言葉で言いたいことを言い、じぶんの人生の主人公になる。
「それのどこがむずかしいの?」
そう首をかしげるのは、ここではサラだけではないのかもしれない。
*夕闇にしずむボーデン湖。湖のむこうは、ドイツです。