くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

心に灯台を:ポルトガルひとり旅(らしきもの)日記〈後編〉

この旅に出る少し前に、一冊の絵本が届いた。ファン兄弟の『リジーと雲』という絵本で、二ヶ月ほど前に書店に注文していたものだ。在庫がある、と言っておきながら発送まで二ヶ月、というのはいかがなものかと思わないでもないけれど、急ぐものでもなかった…

チッキィの遠吠え:ポルトガルひとり旅(らしきもの)日記〈前編〉

久しぶりに「ひとり旅(らしきもの)」をした。らしきもの、というのは、現地の友だちを訪ねたので厳密にいうと「ひとり旅」とはいえないからで、とはいえ往復も宿泊も、旅のおよそ半分ぐらいは一人だったからだ。 ひとり旅には、それならでは、の良さがある…

恐るべし、スイスアルプス:クランモンタナ 山日記〈後編〉

朝方、かちゃり、とドアの閉まる音がして目が覚めた。隣に目をやると、ベッドはもぬけの殻だった。遮光カーテンのすきまからは細くひとすじだけ、朝の光が射しこんでいる。ぼんやりした頭で考えるうち、Rが昨夜「朝、パン屋に行く」といっていたのを思い出し…

道しるべ、いろいろ。:クランモンタナ 山日記〈前編〉

駐車場をぬけると、車道にでた。ごぉーっとうなるようにエンジン音をひびかせ、砂を積んだダンプカーが、リュックを背に歩くわたしたちを追い抜いてゆく。休業して久しい様子の不動産屋の軒先に、朽ちかけた木のベンチをみつけ、わたしたちはサンドイッチを…

パリの帽子屋

フォーブル・サントノーレ通り14の16番地。たしかこの辺りのはずなのだけれど。看板をひとつひとつ確認しながらきたはずなのに、おめあての帽子屋はなかなかみつからない。これはもう、通りすごしたにちがいない。そう確信がもてるところまできてやっとわた…

無口で無愛想:コーニェ村日記(6)

2月9日(木)晴れ 6日間の滞在中、朝食のテーブルを担当してくれたウェイターさんが、今朝は注文をとる代わりに「紅茶ですね」とウィンクをよこした。毎朝紅茶を頼んでいたのを、ついに覚えてくれたのだ。最終日の朝というのが皮肉だけど、ちょっとうれしい…

考える人: コーニェ村日記(5)

2月8日(水)晴れ 村のカフェでアメリカン・コーヒーを注文すると、エスプレッソと(薄める用の)お湯がでてきた。ふざけているわけでもケンカを売っているわけでもなく、イタリアでアメリカン・コーヒーといえばこういうものらしい。アメリカ生活が長かった…

数独と山羊:コーニェ村日記(4)

2月7日(火)晴れ 肋骨にヒビが入ったかもしれない。脇側を打ったのに、痛むのが胸側なのが不気味だ。あんまり詳細は言いたくないのだが、リフト乗り場で横倒しに転んで、転んだところに金属製のレールがあったのだ。息をするたび、痛みとともにジャリジャリ…

愛の不時着:コーニェ村日記(3)

2月6日(月)晴れ 客室係いわく、客室の蛇口からでてくる水は全てスパとおなじ鉱泉水のため「飲んでよし、浸かってよし」らしい。ようするにエビアンやサンペレグレノが、蛇口をひねれば出てくるようなもので、ミネラルウォーターをペットボトルで買う必要も…

メインよりサイドが好き:コーニェ村日記(2)

2月5日(日)晴れ 朝、窓のそとを眺めてみると、あらためてコーニェが谷あいの村なのだなとおもう。山と山のゆるやかな稜線が交わる谷間の雪原には、もうすでにクロスカントリーをする人やそりで遊ぶ子どもたちが、散らばっている。 朝食のビュッフェは、ケ…

王さまのフォンデュ:コーニェ村日記(1)

2月4日(土)晴れ トンネルを抜けると、モンブランの表示がモンテビアンコに変わる。フランスからイタリアに抜けたのだ。スイス、フランス、イタリアと二つも国境を越えてきたのに、コーニェまでは、二時間半の道のりだった。 コーニェ(Cogne)は、イタリア…

忙しい病

「バタバタしてて」が口癖だった時期がある。 その頃のわたしときたら、かずかずの不義理や不精の言い訳を、この口癖ひとつですませていたようにおもう。 残業する人が仕事熱心で、休む暇もないほど仕事を任される人が優秀。「忙しい」のが良くて「暇」は悪…

ナザレの毛布

ちょっとだるいな、疲れたな、頭が重いな。 そんなとき体を温めると、とたんに楽になる。 緊張したり、気がはったり、落ち込んだりしたとき、気づくと手足が冷たくなっていることがある。そんなときもやっぱり、暖かい飲み物を飲んだり、お風呂に入ったりす…

ブリティッシュ・エアウェイズ。

こんどはいったいどんな、ひどい目にあうのだろう? ブリティッシュ・エアウェイズに乗るときには、そう思って乗ることにしている。 預け入れ荷物がしょっちゅう行方不明になる、ブリティッシュ・エアウェイズ。 遅延で乗り継ぎできなかったことは数え切れな…

カルタヘナの押し売り:のらりくらりコロンビアの休日(4)

その昔、金・銀・エメラルドの交易港として栄えたせいで、カリブ海の海賊のかっこうのターゲットにされたというカルタヘナ。 旧市街をぐるりと包囲する城壁は、まさにそのカリビアン・パイレーツから街を守るために築かれたものだ。 日が暮れるとオレンジが…

ノープロブレム:のらりくらりコロンビアの休日(3)

「ノープロブレム!」 注文したのは、エビのセビーチェよというと、ウェイターの男の子は、大きな黒い目をクリクリさせてそういった。 はずかしそうにわらうと、口もとから真っ白な歯がこぼれ、その笑顔はただでさえ若い男の子をさらに幼くみせた。 あんまり…

胸さわぎのサルサ:のらりくらりコロンビアの休日(2)

きづけばわたしは、30分前にであったばかりのコロンビア人の青年フアンくんと、そのパパ・リカルドさんと、屋上にならべたスノコに川の字に寝転がっていた。 「あ、オリオン座」 などと星座を指さしては、話すともなくただぼんやりと寝そべっていた。 (こ…

ヘッツェマニの朝:のらりくらりコロンビアの休日(1)

コロンビアのカリブ海に面した街、カルタヘナ。 古い街並みがのこる街区・ヘッツェマニにあるホテルの部屋は、朝になっても暗いままだった。 というのもこの部屋、窓はぜんぶ中庭に面しているうえ、開閉できない木製のシェードがはまっている。 暑さをしのぐ…

サイン入りのフランスパンと、ぶどう畑の休日。

週末、ラヴォーのぶどう畑を歩いた。 レマン湖畔の町キュリーの船着場から、ハイキングの黄色い目印をたどっていくと、湖からゆるやかに登っていく斜面には、いちめんにふるい石垣に区切られたぶどう畑がはりついている。 ワイン造りのためのぶどうの収穫は…

世にも美しい図書館が、教えてくれたこと。

どうして本を読まないといけないの? 夏休みがはじまる前、10歳になる甥っ子が不服そうに口をとがらせていた。 マンガだって、テレビだって、ゲームだっておんなじだよ。 どうして本じゃなきゃいけないの? そう問いつめられた妹は、困りはてていた。 「ため…

ハワイ島ハヴィ、風のとおる家。

ハヴィは、ハワイ島の北の端っこにつきでた岬にある、風の街だ。 コナから海沿いの19号線を北に向かい、ワイメアからコハラマウンテンロードに入ると、景色は溶岩台地から牧草地へ一変する。 海までつづくこの道の、終点がハヴィ。 大地がストンと切り落とさ…

雲の上の、常連カフェ。スキーバカンス@ サース・アルマゲル

ことしのジュネーブの冬は、晴れの日が多くて暖かくて、なんだか冬じゃないみたいな冬だった。 霧がたちこめ、何週間もどんより曇り空に閉じ込められる、あのジュネーブの灰色の冬がやってこなかった。 だから、毎年二月、三月ともなると、太陽と青い空に恋…

CAREにはじまり、CAREに終わる。ロンドン、ジュリアナズ・キッチンのアフタヌーンティ

ロンドン郊外。 地下鉄を、セントジョンズウッドの駅で降り、地図をたよりに道をたどっていくと、すぐにあたりは閑静な住宅街になる。 イギリスらしい、古くてかわいい家がならぶ通りを、行きつ戻りつしていると、屋根を修理中の職人さんが、ハシゴをおりて…

トキメキに、水さすモノ。:パリ、ジャポニスムひとり旅(2)

パリの食器屋で、おもちゃみたいなカフェオレボウルをみつけた。 両手のひらに、すっぽりおさまるサイズ感。乳白色の、つるんとしたかたち。手描きの水玉の、よくみるとわずかに輪郭がブレてるゆるさ。かすかに翳りが混じった、びみょうなトーンの赤とむらさ…

花より、クレープ:パリ、ジャポニスムひとり旅(1)

いけばなを習いはじめたのは、スイスに移り住んでまもなくのこと。 かれこれ6年になる。 じつは日本にいたころは、英国式のフラワーアレンジにハマっていた。 よくある話だけれど、海外にでてみてあらためて、和の文化に開眼したパターンだ。 でも、それも…

上を向いて歩こう ♪:永住権をいただきに、ニューヨーク(4)

「上ばっかりみて歩いて、穴に落っこちないように」 わたしがニューヨークに行く、というと、母はそういった。 そういわれて、10才ぐらいのとき、母と妹と三人で、はとバスに乗ったことを思い出した。 あれは、新宿の副都心、だったとおもう。 ビルをみあげ…

地に足つけて、家事を:永住権をいただきに、ニューヨーク(3)

ニューヨーク。 それは世界一、家事のアウトソーシングがすすんでいる場所だ。 メイドが雇えるようなお金持ちだけではなく、一般的なサラリーマンの家庭でも、外部のサービスを積極的に利用している。 たとえば、ごくごくふつうのサラリーマンであるstep son…

ドロータはどこ?:永住権をいただきに、ニューヨーク(2)

ニューヨークでは、step son(継息子)のPくんが、独身のときに住んでいたアパートに滞在している。 去年、PくんはフィアンセのMちゃんと家を買った。 だからかれこれ一年以上、このアパートには誰も住んでいないのだけど、Pくんは賃貸にもださず、そのまま…

みどり色のドレスをきた女の子:永住権をいただきに、ニューヨーク(1)

ワオ!おめでとう!ようこそアメリカへ! ちょっと芝居がかった、大げさな調子でそういうと、口ひげをたくわえたその入国審査官は、差し出したわたしの”移民ビザ”に、ポンッといきおいよく、スタンプをおしてくれた。 事務的なやりとりが、淡々と無表情にく…

ロンドン、お茶の時間

巨大なスカラベに、猫のミイラ。古代文字に、ギリシャのつぼ。トルコ石がびっしりちりばめられた魔除けのブローチ。 おもちゃ箱をひっくり返したような、古今東西のお宝の数々を、朝からぶっとおしで拝見していたせいか、頭の奥がズーンと重い。 どうやら、…