くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

変わっちまったな

朝。いつもは静かなローヌの岸辺に、レジャーシートのお花畑ができていた。こんな朝早くに、なにごとだろう? あわててメガネをかけてみると、シートの上には何やらごちゃごちゃ品物がならべてある。町内のヴィッド・グルニエ(vide-grenier)が、開かれてい…

サムシング・レッド

お祝いごとがあると、その本人が周りにケーキやお酒をふるまう。誕生日の本人が、職場や学校にケーキを持っていくなんておもしろいな。日本ではあまりみられない習慣に、さいしょは「へぇ」と思った。 でもあるとき、バースディ・ケーキを配っていたクラスメ…

ベトナムちまきと、マダム。

この季節になると、楽しみにしているたべものがある。 ベトナムの人たちが旧正月に食べる、ちまきだ。甘辛く煮た豚と卵の黄身を、もち米でくるんだものを、バナナの葉で包んで蒸してあるこのちまきは、一年のうちでもこの時期にしか売っていない。 じつは一…

沁みるレモンティー、あるいは暴力的なコーヒー。

起きたらまず、マグカップにレモンジンジャーティーを作り、朝ドラを観ながらゆっくり飲む。それから、朝ごはんにはコーヒー。読書には、日本茶か紅茶。夕食後にはまたコーヒー……と、お茶やコーヒーは日々の暮らしに欠かせない。ごくまれにコーヒーを豆から…

おじいさんと犬

冬は、油断大敵だ。 午後もおそくなってから散歩にでると、とちゅうで日が暮れてしまう。 寒いし、暗いし、日のあるうちに散歩はすませよう。そう肝に銘じているのに、あっと気づいたときにはもう遅い。太陽は、西にかたむいている。 いつもより遠くまで足を…

クリスマスカードを書く

午後、クリスマスカードを書く。 コーヒーをいれ、ペンを用意し、買っておいたカードをテーブルにひろげる。 先週、ブラシャール(ふだんは行きつけない高級文房具店)でみつけたカードは、もみの木が描かれたシンプルなものだ。 手刷りの絵柄は、撫でるとか…

鳥たちの東海道

ちょっと早めに起きてしまった朝。窓を開けると、わたり鳥のながいながい隊列が、明るみはじめた南の空を西から東へ、横切っていくところだった。よくみると、ひとつひとつの鳥の黒い影が連なっている。それはまるで墨をふくませた筆で、ゆるゆると線をひい…

失われしパンと猫

郵便物をとりにアパートのエントランス・ホールに降りてゆくと、掲示板の前で管理人のサントス氏が仁王立ちしているところだった。その視線の先にあるものは、みなくてもわかった。中央に猫の写真が印刷された貼り紙である。この貼り紙にはわたしも、数日前…

ウィーン風カツレツの、かくし味

「仔牛肉を二枚。シュニッツェル用に、薄くスライスしてください」 顔のまえに二本指を立ててお願いすると、肉屋のご主人が「うむ」とうなずき、仔牛肉の塊をケースから取りだす。 「2kgですね?」 大きな塊の半分ぐらいのところに、包丁を当ててみせるご主…

ホームシックにつける薬

コロナ禍の海外生活。ホームシックに効いた意外なコトの話。

借りぐらしの住人たち

この週末、引っぱり出して読んでいるのは、メアリー・ノートンの「床下の小人たち」だ。 人間から必要なモノを「借りて」、古いお屋敷の床下に暮らす小人の一家を描いた児童文学の名作。スタジオジブリの映画「借りぐらしのアリエッティ」の原作である。 き…

布とか、紙とか、毛糸とか。

友人のNさんから、手編みのカーディガンをいただいた。 いつも自分で編んだニットをすてきに着こなしているNさん。会うたび「すてきね」とほめていたら「編んであげる」と。秋ぐちに会ったとき、好きな色を聞かれていたのだ。 とちゅう採寸してもらったりし…

二十年ぶりのショート

クリスマス・イブに髪を切った。 二十年ぶりのショートヘアだ。 「おーっ、だいぶ若返ったねぇ」 日本の実家にスカイプすると、父が言う。 「そうお〜? そんなことないと思うけど〜♪」 なんて、うっかり喜びをにじませた、わたしがバカだった。 てっきり二…

壁の穴

秋ぐちに、食洗機がこわれた。 買い替えてほっとしたのもつかの間、こんどは高速道路で車がこわれてスイス版JAFのお世話になった。 こういうのって続くんだよね、と警戒していたある日。 外出先から家に帰ってみると、家じゅうプールみたいな匂いがする。鼻…

MGに試されていること

MG、という古い車を、リストア(修理)することになった。夫が十代のころお姉さんに借金して手に入れた、クラシックなスポーツカーだ。 かれこれ数十年、倉庫にいれっぱなしだったので自力走行はできない。修理してくれる修理屋を探すのにひとしきり苦労した…

Mさんの足あと

夫ファミリーの家訓というか、しきたりの一つに「別れ際には、お互いの姿が見えなくなるまで手をふり続ける」というのがある。 それどころか、ひとつ目の角を曲がり念のため振り向くと、その角のところまで出てきてまだ手を振っていたりするので、いまでは姿…

そんな、バナナ話

夫は、毎朝バナナを食べる。 お米やパンが切れても平気なくせに、バナナが切れるとあわててスーパーに買いに走る。 夫の体の5%ぐらいはバナナでできているのではないか?とわたしは怪しんでいるのだけれど、世の中に「バナナ依存症」というものがあるとした…

忙しい病

「バタバタしてて」が口癖だった時期がある。 その頃のわたしときたら、かずかずの不義理や不精の言い訳を、この口癖ひとつですませていたようにおもう。 残業する人が仕事熱心で、休む暇もないほど仕事を任される人が優秀。「忙しい」のが良くて「暇」は悪…

ナザレの毛布

ちょっとだるいな、疲れたな、頭が重いな。 そんなとき体を温めると、とたんに楽になる。 緊張したり、気がはったり、落ち込んだりしたとき、気づくと手足が冷たくなっていることがある。そんなときもやっぱり、暖かい飲み物を飲んだり、お風呂に入ったりす…

絵本の中のクニット君と、リアルのクニット君のお話。

ムーミンシリーズ全9巻を、読み終わった。 読みはじめたのは、東京でムーミン展に行ったとき。 アニメは子どものころさんざん観たものだけれど、そういえば小説は読んだことがなかったな、と思いたってからだから、かれこれ一年以上もかかってしまった計算に…

向日葵通り一丁目。いま此処で、この人と

T・o・u・r・n・e・s・o・l・s… カーナビに、住所をうちこむ、手が止まる。 向日葵(ひまわり)通り一丁目! 夕ごはんに誘ってくれたその友だちが、こんなかわいい名前の通りに住んでいたとは、今までまったく気づいていなかったのだった。 ジュラ山脈の麓に…

顔がすべて。

スマホの顔認証機能って、すごい。 メガネをかけてても、ものすごい角度からでも、真っ暗でもちゃんと認識してくれる。 いったいどうなってるのだろう? 八年近く使っていたスマホを、買い替えたばかりのわたしは、科学の進歩にすっかり感銘を受けていた。 …

優しい嘘

証明写真といえばいまも昔も頭痛のタネ。スイスにきてからというもの、その頭痛はひどくなるいっぽうである。 靴修理店の片隅にある証明写真サービスに、レフ板などはあるはずもなく、照明は切れかかった蛍光灯。髪を整える用の鏡もなければ、時間もない。 …

三つ子のたましい、なんとやら

小学校の卒業文集をめくっていたら、一人に一ページ、そのひとが「どんな人か」をクラスメイトが一行ずつ書いてあるコーナーがあった。 頭がいいとか、スポーツが得意とか、色が白いとか、顔がながいとか、羊ににているとか。 まとを射ているものから、意味…

あの日、エレベーターで。

エレベーターのとびらが開くと、久しぶりにムッシュー・ボンジュールの顔があった。 「ボンジュール!」 いつものように地下の駐車場までの数秒間、ひとことふたこと言葉を交わす。 そんなわずかな会話の中にも、上品さとユーモアがにじみでる、ムッシュー・…

おしゃべりな猫

そとを出歩く時間がへったぶん、ベランダですごす時間がふえた。 「キャンドルの木」とよんでいる、マロニエの木が芽吹きはじめたなぁとおもったらもう、いまではそのキャンドルが花をつけている。 ベランダでごはんを食べたり、本を読んだりしていると、そ…

夜空に、メルシー!

あのあと。 (というのは、「濃厚接触を避け、ナマステにしておきなさい」と父から忠告を受けたことを、ココに記したあとのこと) じつは、ナマステすらできない事態におちいっていた。 人混みを避け、濃厚接触を避け、あんなに気をつけていたはずなのに。 …

おどらされず、ナマステ。

朝、窓をあけると、空高くとんびがスーッと横切っていった。 くちばしに、木の枝をくわえ、巣作りにせいをだしていた。 朝の空気は、まだ冷たい。 あわてて窓をしめて、キッチンにもどると「マロニエの芽吹きが、観測された」とラジオが告げていた。 スイス…

シェパーズ・パイ教室、いつまでも学びたい大人たち。

かつて働いていたころ、ご褒美ランチの筆頭だった、パブランチ。 値段が高いか、カロリーが高いか。 ご褒美ランチのリストには、そのどちらかの理由で、ふだんなかなか足を運べないレストランの名前がならんでいた。 パブランチは、もちろん、「カロリー」の…

ブリティッシュ・エアウェイズ。

こんどはいったいどんな、ひどい目にあうのだろう? ブリティッシュ・エアウェイズに乗るときには、そう思って乗ることにしている。 預け入れ荷物がしょっちゅう行方不明になる、ブリティッシュ・エアウェイズ。 遅延で乗り継ぎできなかったことは数え切れな…