くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

スイスの秘境でスキーバケーション(4)スキーをしない一日。ときには目的を忘れて横道にそれてみる。

ときどき、私はスキーしないからスキーリゾートには行かない、というひとがいるけれど、もったいないなぁと思う。雪のアルプスは、夏に匹敵するくらい美しいし、スキー以外にもいろいろ楽しめるのに。

これがハワイだったら、私はサーフィンしないからハワイには行かない、っていうひとはいないと思うのだけど‥

さて、スキーバカンスは三日目。起きて外をみると、空には低い雲がたれこめていて、山はガスにすっぽり包まれている。天気がいまいちなのにくわえて、なんとなくダラダラ過ごしたい気分。スキーは一日お休みすることにしようと決めた。

朝ごはんのあと、しばらく部屋でごろごろしていると、隣の村まで歩いて行って、そこでランチを食べようと夫が言う。ふたりで地図をひろげてみると、となり村のSentまではイン川沿いに歩いて1時間半から2時間のスノーハイキング。ちょっと遅いランチに間に合いそうだ。

スノーハイキングとはいっても、地元のひとが生活につかっている道を歩くので、特別な装備は必要ない。私はくるときに履いてきたSorelのスノーブーツ、夫は普通のウォーキングシューズをはいて外に出た。

イン川は、ここエンガディン地方のアルプス山中の水源に発して、オーストリアを通ってドイツまで流れていき最終的にはドナウ川に合流している。

f:id:sababienne:20160313033314j:plain

私たちが滞在しているScuolや隣村のSentのある地域は、ウンターエンガディンと呼ばれ、イン川の下流という意味である。ちなみに高級リゾートのサンモリッツがあるのはオーバーエンガディンで、イン川の上流という意味。(高級なものはやっぱり上流なんですね‥)

とりとめもない話をしながら、ゆっくり歩いていると、ときどきクロスカントリースノーシューハイキングをするひとびととすれ違う。はたからみるとラクそうに見えるが、すれ違う時の息づかいをきくと、けっこうな運動量なのがわかった。

Sentは19世紀末までは、エンガディンで一番大きな村だったのだが、人口はどんどん減っていていまは千人をきっているそうだ。

どうりで村まで歩いているあいだ、馬やヤギにはたくさんすれちがったのに、村人といえば馬車をひいていたおじいさんひとりだったわけである。

村は川からすこし高台にのぼったところにある。息をととのえながらみあげると、目印の教会の塔が目にはいってくる。あともう少しだ。

f:id:sababienne:20160313033410j:plain

村にはいると石畳の通りを、カラフルなちいさな家が囲んでいるのが目にはいる。ピンクとか、黄色とか、真っ青とか。かなり大胆な色づかいなのだが、不思議に下品なかんじはせず、隣の家どうし、村や山の風景にもしっくりなじんでいる。

一時間以上歩いてすっかりお腹がすいてしまった私たちは、何も考えずに最初に目にはいったレストランにとびこんだ。

客は新聞片手に食後のコーヒーをすするおじさんと、地元のロマンシュ語で会話する母娘とおもわれる二人、それから、私たち。

Capunsというこの店のスペシャリテを注文する。

カプンスとは:

グラウビュンデン州の各地で食べられる伝統の料理。小麦粉で練った団子のような生地に刻んだベーコンなどの具を入れ、日本でも英名のスイスチャードで流通しているフダンソウ(独名:マンゴルドMangold)の大きな葉でロールキャベツのように巻いたもの。クリームソースやチーズなどをかけて食べます。 [スイス政府観光局]

スーパーで見かけた巨大なうちわみたいな葉野菜、スイスチャード。こんな味がするんだ。セロリみたいな、よもぎみたいな、薬草みたいな独特な香味。

f:id:sababienne:20160313033455j:plain

家庭ごとにレシピが異なるといわれるほど、中に混ぜる具材や上にかけるソースなどのバリエーションが豊富で、カプンスだけの料理コンテストやカプンスだけの料理本があるほど。基本的には農民が食べていた素朴な料理です。スイス人は好んでメイン料理として食べますが、日本人には少し重く感じる場合が多いので、前菜として少量頼む方がよいでしょう。[スイス政府観光局]

と観光局さんがおっしゃるとおり、けっこうヘビーです。

あとで聞いたら、スイス人の義母でさえ、重くて食べられないと言っていたほど。日本人なのによくもあんな重いもの食べられたわねー、と目をまるくして驚かれてしまった。

ヘビー級のカプンスでおなかいっぱいになった私たち。食後のコーヒーを飲んでくつろいでいると、いきなり教会の鐘が大音量で時を告げたのでびっくり。

あんまり大きな音だったので、派手に驚いていたら、黙々と新聞に目をおとしていたおじさんが顔をあげ、ニヤっと笑って肩をすくめた。

おじさんにとって、鐘の音は毎日のことなのだ。おどろく私をみることのほうが、よっぽど面白かったのかもしれない。

私はこんな瞬間がけっこう好きだ。常連のおじさんと視線のやりとりだけの交流。午後のひとときを行きつけのカフェですごす、何気ない地元の人たちの日常をちょっとだけ感じられたような気がして。。

帰りは、カフェのご主人が景色がきれいだからと教えてくれた、山側のルートをとおってScuolにもどった。

スキーという目的を忘れてちょっと横道にそれてみた一日。こんななんでもない風景が、忘れられない思い出になったりするからおもしろい。

f:id:sababienne:20160313033335j:plain