なにごとにも期待しなければ、心穏やかに日々を暮らせます、とお坊さんの本で読んで、なるほどと思ったのだけれど、実践するのはなかなかむずかしい。
友達なら心配してくれるはず、彼氏なら即レスくれるはず、母親なら喜んでくれるはず、というような人間関係にはじまり、有名メーカーの製品ならこわれないはず、新幹線は定刻に着くはず、などなど。日々は無意識の期待でみちているからだ。
たとえば。
ハワイ行きの飛行機に乗れば、ハワイに到着してくれることを期待するし、寿司屋に入ったら、寿司をにぎってくれることを期待するだろう。
ここまでくると、当然こうあるべきと誰もが信じて疑わないレベルの話で、「期待するな」というのもおかしな話だ、と思われるかもしれない。
でも、実際、悪天候でグアムに到着してしまうことや、海外の寿司屋でカレーが出てきたりする可能性はあったりするわけで、世の中、思いもかけないかたちで期待が裏切られる、ということはけっこうあるものだ。
温泉、といえば、「温かい泉」と書いて「温泉」なのだから、当然温かくてしかるべし、と期待した私がいけなかったのか?
京都から足をのばし、一泊二日ででかけた有馬温泉。
つめたい露天風呂に並んでつかり、幸せそうに目を閉じている夫の横顔をみていたら、なんだかフクザツな気持ちになった。
「家族風呂でいつでもお好きなときにどうぞ」と貸切状態で使わせていただいたお風呂。内湯と露天風呂があって、露天風呂が常温の水レベルに冷たかったのだ。ボイラーかなにかの設備が故障していたらしい。
「つめたい!」と反射的に、入るのをやめて内湯にもどった私。
夕食のじかんもせまっているし、どうせ今お願いしてもすぐには対応できないだろう。
有馬名物の金泉は、露天風呂だけなのに、入れないで終わるのか。せっかく温泉旅館にきて温泉が冷たくてはいれないなんて‥と早くもムカムカする私を尻目に、きづけば、ゆうゆうと冷たい露天風呂につかっている夫。
「クールダウンできて気持ちいいよ」
じっさい、内湯でのぼせるくらいだったので、それもそうかも。試してみるとたしかにヒンヤリ気持ちいい。
いつもは、すぐのぼせてしまって10分、15分が限度なのだが、こうして熱い内湯と冷たい露天を交互に行き来すると、ゆっくり温泉が楽しめてなかなかイイではないか。
ところで金泉というのは、鉄分が空気にふれて酸化して、赤土色をした独特のお湯である。濁ったお湯の底には、クレイ状のものが沈殿していて、古い時代の海水が地下から湧いているそうで、なめるとかなりしょっぱい。
常温の水温もあいまって、なんとなくタラソテラピーのスパでクレイパックをしてもらっているような優雅な気分にもなってきた。
なんだ、冷たくてもいいじゃん、というより、こっちのほうがいいじゃん。
結局、おもいがけず冷たい温泉が気持ちよくて、貸切なのだし、旅館のひとには何も言わないでおこう、となった。
ここでひとつ、断っておかなければならないのは、夫が「温厚でめったに怒ったりすることのないタイプ」のひとでは決してない、ということだ。
アメリカのホテルの朝食で、大好きなバナナ入りのシリアルボウルを頼んだら、ボーイを呼びつけ「バナナがひと切れも入っていないじゃないか」とくどくどとクレームしていたし、車を運転すれば気に入らないドライバーにむかってクラクションを鳴らしまくるので、中指をたてられることもしばしば。
夫がつめたい温泉を楽しめたのは、温厚だから、ではけっしてなくて、ただ単純に「期待してなかった」からなのだ。
以前にスイスの温泉は温水プールよりヌルい、とこのブログでもグチをこぼしたことがあったが、ヌルい温泉だけじゃなく、クールダウン用に冷水の浴槽もある。つまりスイス式温泉に慣れているスイス人の夫には「温泉は温かいもの」という期待が最初からなかったというわけ。
反対に、日本人のわたしは(たぶん、大部分の日本人はそうだと思うけど)「温泉は温かいもの」と当然のように期待するわけで、冷たかったら期待を裏切られた!となってしまったわけだ。
なるほど、お坊さんのいうとおり。こんなこと当然、と思っていることこそ、期待しないでみたら、たしかに心穏やかにすごせるかも、と考えさせられる一件であった。
そんな気づきを得たばかりの翌朝。
冷水にきづいた旅館のひとが、水をぬいてからっぽにしてしまい「露天風呂には入れません」とはり紙してあるのを見つけて、とてもがっかりする、というオチが待っていたのだけど。。
ゆうべ満喫した、冷たい温泉への期待が、マックスだった私たちはふたり、やり場のない「がっかり」気分を抱えながら、しかたなく、外気でクールダウンしたのだった。
が、さらにそのオチにはつづきがあって。
朝食後、予想以上にはやく修理が終わったと、期待していなかった温かい露天風呂に浸かることができたのだ。
期待していなかった分、なんだかすごくラッキーな気分にさせられてしまった。
ちなみに、とくに温厚ではない私たち夫婦が、ここまで心穏やかに予想外のハプニングも楽しめてしまったのには、この旅館にただようなんともいえぬユルい雰囲気が大きくかかわっている、ということを最後に付け加えておきたい。
長くなったので、その旅館についてはまた別の機会に。。