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SABAすたいる

スイスのくらし、旅のエッセイ、日々のできごと、おもうこと。

カササギに鴨。鳥たちがおしえてくれた、たいせつなこと。

現実とその外側、や、日常とその外側、は靴下とおんなじで、簡単にくるっと裏返る。 江國香織「裏返る現実」泣く大人(角川文庫)

と、いうように、

旅から帰ってくるといつも、あっという間に日常に引き戻されてしまって、余韻にひたる間もない。

先月、ひと月にわたる京都暮らしを終えて、スイスの自宅に戻ってきた。

京都にいるあいだは、京都の暮らしが現実で、スイスの暮らしがとおく現実感のないものに感じられたのに、帰ってきてしまえば、こんどは京都の日々が、夢のように思えてくる。

旅先で、見慣れぬ街や、ひとびとの間に身をおいたときにかんじる、日常からの開放感は、いつも心をワクワクさせてくれるのに。旅から帰ったときにかんじる、現実への引きもどされ感、というのは、どうしたものだろう?

情緒などいっさい無視した強引さで、えり首つかまれて引き戻されるような、身もフタもないかんじ。もう少し、旅の余韻にひたっていたいのに、と思っても、ひと晩ねむって、朝がくれば、これまでどおりの日常がはじまる。

バナナとヨーグルトとコーンフレーク、それに緑茶。管理人さんのかける掃除機の音、隣人から漂ってくるちょっとスパイシーな朝ごはんのにおい。

出かける前と何もかもおなじの、いつもの朝だ。

窓の外にひろがる景色も、おなじみの木々の緑。

と、ふと異変にきづいた。

ぱっと見、みなれた風景なのに、何かが違う。

みると、一本の木の上に、おおきな鳥の巣ができていた。

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わが家のアパートメントの前には、ローヌ川がながれているのだが、河畔沿いは、ちょっとした森になっていて、いろんな鳥や動物が住んでいる。

白鳥、カモ、かもめ、つばめ、とんび、キツツキ、こまどりといった野鳥から、りすやキツネ、ハリネズミまで。季節ごとに、違う種類の鳥がすがたを現したり、子育てしたりするようすが見られるのだ。

それにしても、けっこうな大邸宅である。いったい新しい隣人は誰?

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さっそく、わが家のバルコニーにあいさつにやってきたのは、エルスター夫妻。

日本だと、かささぎ、という白黒にブルーのラインがはいった、カラスを小さくしたような鳥である。カラスにくらべると、見た目は美しいのだけれど、鳴き声ときたら、ギャ〜ッ、ギャ〜ッ、とまるで首をしめられたようでおそろしい。

なわばり意識がつよく、先住民のカラスたちは、知らない間にいっそうされてしまっている。ときおり、カラスがちょっかいだそうとやってくるのだけど、徹底抗戦で追い払ってしまう。カラスのいたずらにも、ほとほと手を焼いてきたけれど、こうなってみると、カラスもあわれである。

留守にしていたひと月のあいだに、すっかり様変わりしていた、人間カンケイならぬ鳥カンケイ。時はながれ、世はうつろっていたのね、としみじみ。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし

方丈記鴨長明

そう。このローヌ川をゆく流れだって、もとの水にあらず。

旅に出て、日常にもどる。

出かける前とおなじ場所に帰ってくるわけだけれど、実はその場所はもとどおり同じじゃない。もどってきた自分自身も、出かける前とはちょっと違っているはず。

そんな風にしてみると、なんでもない日常が、ちょっと愛おしくみえてくる。

そんなことを鳥たちにおしえてもらった朝でした。

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朝、鳥たちにパンくずをあげるのが日課です。こちらは(上)常連客のゴールドフィンチさん。

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西洋こまどりさんは、冬のお得意さま。ロビン(英語名)というかわいい呼び名のわりに、性格はふてぶてしいおっさんです。