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SABAすたいる

スイスのくらし、旅のエッセイ、日々のできごと、おもうこと。

ナルシスさんとお花畑。世界は見解の相違にみちている。

スイスのくらし ライフスタイル

20代のころ働いていたオフィスに、「トイレのナルシスさん」と呼ばれている女子社員がいた。

いつ行っても、ナルシスさんは女子トイレにいた。

何をしているのか、というと、じーっと鏡の中のじぶんをみつめているのである。何するわけでもなく、前髪をなおしたり、ほおに手を当ててみたり、ただウットリみとれている。

ものすごい美人、というわけではないが、たしかに、清楚できれいな女性である。それにしても、日がな自分の顔にみとれるなんて、どれだけ自分好きなのだろうか?

と、気になっていたのは、私だけではなかった。誰が行っても、ナルシスさんはいつも女子トイレにいるらしい。そのうち誰ともなく彼女のことを「ナルシスさん」と呼ぶようになった。

私が働いていたのは、IT系コンサルティングの会社。ノルマも出張も残業も、ある意味男女平等、はたらくのに男も女もない、という企業だ。

納期前など、食事やトイレの時間もまともにとれなかったり、徹夜明けだったりで、鏡をみるのがおそろしい、ということはままあっても、ウットリするなんてことはまずない私たちだった。

そんな環境で、一日中トイレにいるナルシスさん。

いったい彼女の仕事のほうはどうなっているのか?いっしょに仕事をしている人たちは、さぞかし困っているにちがいない、と決めつけていた。

ところがある日のこと。思いがけないひとことを耳にする。

「あのコ、イイよね」

軽薄な若手でも、セクハラまがいのオジさんでもなく、大人のいい男と人気の男性社員の発言。仕事ができ、若いのに部下からの人望もあつく、彼に憧れるのは女子社員だけではない、というようなひとだったから耳を疑った。

「いつも、きちんとしていて、優雅で、ミステリアス」

だと。

しかも彼に同調する男性社員が続出するしまつ。となりの部署のグループセクレタリーを務める彼女、男性の多いそのグループではアイドル的な存在で、仕事面での評判もすこぶる良いらしい。

「なんか、やる気なくなってきた」

盛り上がる男性陣を尻目に、親友であり、戦友の同僚がぽつりとつぶやく。モチベーションというものは、いつだって思いがけないことで急降下するものである。

こうなると「いかにトイレ滞在時間が長くとも、ナルシスさんは有能で、やるべき仕事はやっているのかもしれない」とか「男性というのはおおむね、そういうタイプの女性に弱いものだ」とかいう事実や理屈などはどうでもよくなってしまう。

「なんで?」

と納得いかず、いつまでもぐだぐだする私たちに、年上の先輩女性が言った。

「見解の相違なんだから、考えるだけムダ」

その時は、まだ若くていまいちピンとこなかったけれど、あれから、ン十年。数々の理不尽に直面するたびに、この先輩の言葉を思い出した。

世の中は、事実や真実よりも、人々がそれをどうとらえるかで成り立っている。

いま思えば、くだらない社内のゴシップからも、学ぶべきことはいろいろあったのである。

スイスのモントルーでは今、そのナルシスの花が満開である。

いまさらだが、ナルシスというのは、ナルシストの語源にもなっているギリシャ神話のナルキッソスという美少年に由来する。

モントルーレマン湖畔の街だが、その山手にナルシスの群生地が散在していて、毎年この季節になるといっせいに清楚な白い花を咲かせる。遠くから見ると雪が積もっているように、真っ白にみえることから「五月の雪」と呼ばれている。

週末、そのナルシスをみようと、群生地のひとつであるLes Avantsという村にハイキングにでかけた。ケーブルカーを降りて一時間ほど山の中を歩くと、眼下にレマン湖とアルプスの山並み、世界遺産にもなっているラヴォーのブドウ畑が一望できる展望台に到着。

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そこから、鉄道駅まで降りる道々に、ナルシスの群生地がある。一面にひろがるお花畑のなかに腰をおろし、湖からの風に吹かれると、山歩きで汗ばんだ体につめたい風がきもちいい。ナルシスの花も風をうけてやさしく揺れる。

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ところでスイスでは、特に山に行かずとも、街中でお花畑をたのしむことができる。春になるとそこここの空き地が、名もなき野の花のお花畑になるのだ。

我が家のアパートの前庭も、普段は芝生しかはえていないが、黄色や紫、ピンクに白、ブルーの小花などがいっせいに咲き乱れる。

なんてきれいなのだろう!まるで、キャスキッドソンとかリバティプリントの世界だわ!とよろこんでいたある日。

アパートの管理人のムッシューペレスが、見慣れぬ乗り物にまたがって登場した。と、ガガガッという大音量とともにアレヨアレヨというまに、わたしのお花畑は丸刈りにされてしまったのである。

「雑草のび放題だったけど、きれいになったでしょ?」

とニッコリ。

雑草‥。

世界は見解の相違にみちている。

だからこそ面白い、と楽しめるようになってきたのも年を重ねたおかげかも。

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みつばちが飛び交う、ナルシスのお花畑で見つけた、ちいさな養蜂所。このはちみつ、ナルシスの味がするのかしら?なんと、日本語でも開花情報がアップデートされています↓

Montreux Riviera ナルシス開花情報