SABAすたいる

スイスのくらし、旅のエッセイ、日々のできごと、おもうこと。

干し草ベッドの非情なる現実。山岳リゾート・アローザですごすスイスの秋(5)

「グリュッツィ」(こんにちは)

ひときわ古くて美しい民家。窓辺のゼラニウムに目をうばわれ、写真をとっていたら、玄関からおかっぱ頭の女性が顔をのぞかせ声をかけてくれた。

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「まだやってますよ、よかったらどうぞ」

ひとなつこい笑顔につられて、おじゃましてみることに。民家だとおもったこの家はEggahuusと呼ばれるアローザの歴史博物館だったのである。

「Eggahuusっていうのは、"Corner House"って意味なんです」

角の家。日本式にいうと「かどや」かと思ったら、きゅうに親しみがわいてきた。

建てられたのは1550年。個人の家としては大きすぎるこの建物は、村人たちの集会所のようなものだったと考えられているそうだ。

アローザに、牧畜をなりわいとした人々が移り住み、集落をなしたのは13世紀のこと。

バカンス客ばかりでなく、結核の療養をするひとびとやアスリートが訪れるヘルスリゾートとして開発がすすめられ、現在のようなリゾート地になったのはこの120年のことである。

「この家は、アローザの歴史の目撃者なのよ」

こんなふうに、ぜんぶ見守ってきたの。のぞいてみて。と女性がいうので、古い写真機のようなレンズ付きの箱をのぞいてみる。

右の取っ手をまわすと、カタンカタンと音をたてて、サナトリウムで過ごすひと、スポーツ選手、農民、子供、クラッシックなドレスに身を包んだ貴婦人、次から次へとレトロないでたちの人々の記念写真が、モノクロームのアローザの景色に重ね合わせてあらわれた。

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家のなかは、リビングルーム、ベッドルーム、キッチンとわかれていて、ミュージアムというよりは誰かのお宅におじゃましているような雰囲気。

展示されているのは、おもに、ふるい農作業の道具や工具、台所用品、オルガン、民族衣装、昔のスキーやソリといったもので、せかせかと展示物を見てまわるというよりは、いすにぼんやりこしかけて雰囲気をあじわうのがたのしい博物館だ。

そこで発見したのがこちら。

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干し草のベッド、である。

まるでだれかがさっきまで寝ていたような無造作感、"寝てください"と言わんばかりの雰囲気だ。だめならばありそうな、"寝ないでください"の文字もない。

まずは、そっと、手で押してみる。意外とかたくて、イガイガ、ガサガサしてる。手でさわっただけじゃ、いまいちわからない。

むくむくとベッドに横たわりたい願望がふくらむものの、寝てるのを他の見学者にみられるのもはずかしい。

でも、でも。夢のベッドが目の前にある。

はたからみれば不毛な葛藤ののち、勇気をだしてきいてみた。

「寝てみてもいいですか?」

女性はこまったように笑って首をふった。

「大人用につくられてないから、みた目ほど頑丈じゃないのよ。この間も大人が乗ってこわしてしまって、修理したばかりなの」

まず、ほかにも寝ようとした大人がいてよかった、そして、つくづく修理したてのベッドを破壊することにならなくてよかった、と心から思った。

が、正直、がっかり感はぬぐえず。

意気消沈するわたしをみると、

「そんなに寝てみたいのなら、干し草のベッドで宿泊できる農家を紹介してあげる」

女性は、農家の名前と地図をメモしてくれたのだった。

アローザからクールに向かって山道を少し下ったところ、ランヴィース村のレナートさん。古い農家で、干し草ベッドに寝ることができるB&Bのほかに、チーズフォンデュをいただくこともできるそうだ。

「よければ来年いっしょにどうですか?」

その日の夕食の席で、義姉夫婦をさそってみた。するとなぜかふたりとも顔を見合わせて、ニヤニヤ。びみょうな沈黙がしばしながれた。

「肌がじょうぶだったら、問題ないとおもうけどね」

夢はこわしたくないんだけれど、と義姉が重い口をひらく。

じつは、義姉。ティーンエイジャーのころ、とある親戚の農家にて、干し草の上にシーツを敷いてお泊まり会、というのを経験ずみなのであった。

「朝起きたら、全身赤い発疹だらけだったのよ」

思い出しただけでもかゆくなる、とみぶるいして、首筋をぽりぽりとかいた。

義姉いわく、なにかのアレルギーだという。

アレルギーだとしたら、問題ないと思う。が、もし虫さされだとしたら?とおもったらこちらまでかゆくなってきてしまった。

だれひとり刺されているひとがいなくても、ただひとり数十カ所まとめて引き受けて刺されるほど、虫さされによわい私につきつけられた、干し草ベッドの非情なる現実である。

はたして夢のベッドの寝心地をからだをはってためしてみるか否か、もんもんとしながら、とりあえずその晩は、五つ星ホテルのふかふかベッドで上質リネンにつつまれねむりについたのだった。(つづく)

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*このミュージアムで出会ったのが、93歳のフォトグラファー、ルース・リヒトさん。

Ruth Licht @ Arosa-Schanfigg

ミュージアムの「アローザの生き証人」のひとりとしてビデオでも紹介されています。4歳のときドイツから移り住みアローザで育った彼女は、なんとサンモリッツ冬季オリンピックなどでもカメラマンとして活躍したそう。今は地元の美術館でキュレータなどをしているそうです。”アローザ育ちのおばあちゃん”のイメージからは想像もできないのですが、世界じゅうを旅した話をしてくれました。そして「日本にはいきそびれちゃったわ」といって教えてくれたのが、なんと富山県にアローザがあるという話。お互いの住民が訪問しあう機会があったのに、参加できなかったのだそう。タイル張りのストウブに背中をくっつけながら、リビングのベンチでお聞きしたリヒトさんのお話は、とてもウィットにとんでいて、旅のよい思い出になりました。

Local History Museum | All-Inclusive-Urlaub in Arosa

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