くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

トレンチの魔法。映画「クロワッサンで朝食を」が教えてくれる、ファッションのちから

八月だというのに、このひと月ほどトレンチコートのことが頭から離れず、困っています。トレンチコートが欲しくてトレンチ探しをしているから、ではありません。

七月の終わり、入院中に観たこの映画。

クロワッサンで朝食を(字幕版)

「クロワッサンで朝食を」のせいなのです。

映画は、エストニア人のアンヌが、気むずかしくて孤独な老女フリーダの家政婦の仕事を引き受けて、パリの高級アパルトマンにやってくるところから始まります。

エストニアで高齢の母を看取ったばかりのアンヌ。ファッションや文化とは無縁の生活を送ってきました。

防寒第一、のもっさりしたコートにブーツでパリに降りたち、アパルトマンではほっこりしたエプロン姿にほつれ髪。

外見だけ見れば、色気も、エレガンスも、洗練もゼロ。女性として魅力があるとはお世辞にもいえません。

が、映画がすすむにつれ、気難し屋のフリーダに接するときの眼差しや、ふるまい、言葉のはしばしに、アンヌの穏やかで、心優しく、地に足のついた落ち着いた大人の女性の魅力が、ちらちらと見え隠れしているのに気づきます。

と同時に、みるみる洗練され、魅力的になっていくアンヌに目を奪われるのです。

とくに新しい洋服を買ったり、メイクを変えたり、髪型を変えたりするわけでもないのに。。フリーダの美意識にあふれるアパルトマンでの暮らしや、パリという街に宿る洗練を、肌で吸収し、さらには素敵な男性からの視線に知らず知らず磨かれていくのです。

映画は、フリーダがアンヌに心をひらいていく過程の、二人の心情の変化が本筋なのですが、個人的にはこのアンヌの変化に、目が釘付け!

そして、本筋とこのアンヌの変化、双方のクライマックスに登場するのが、バーバリーのトレンチコートなのです。

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https://fr.burberry.com/trench-coats-femmes/

このトレンチ、もともとフリーダのものなのですが、まとった瞬間、まるで長年着慣れたコートのように、すっとアンヌになじみ、アンヌの魅力を一気に引き立てます。

まるで魔法のようなシーンなのです。

何より目をみはるのが、アンヌにとってはおそらく初めてのハイブランド体験にもかかわらず、アンヌの懐の深さ、知性、エレガンスといった人間としての存在感が「バーバリーのトレンチ」という、完成形の極みがもつ強さにも全然負けていないこと!

トレンチって、無難だと思われがちだけど、実は難しいアイテムだと思うのです。

身につけるなら、その強さにみあう人間じゃないと、負けてしまいます。そういうアイテムってなかなかないけれど、そういうアイテムにみあう人間もなかなかいない。

みあわない人が着ると、ただの地味なOL風だったり、ただファッショナブルなだけに終わってしまって、みんな同じに見えてしまいます。

アイテムに宿る強さと、着る人の存在感が呼応してはじめて、着ているひとの魅力が匂いたつ。

「クロワッサンで朝食を」は、そんなファッションのちからについて考えさせてくれる、すてきな映画なのでした♪

ところで。

完成形の極みといえばフリーダを演じるジャンヌ・モローが、映画のなかで私服を着こなしているシャネルも然り。彼女の存在感が、シャネルに負けないものであることは今さらいうまでもありません。

そのジャンヌ・モローの訃報にふれたのは、DVDを観た数日後のことでした。

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アパルトマンで倒れて亡くなっているのを、家政婦に発見されたというのが、「クロワッサンで朝食を」のフリーダと重なって見えました。


映画『クロワッサンで朝食を』予告編

自由、独立、進化の象徴とされた女優ジャンヌ・モロー。

「自分が何者か、疑ったことなんてない。」

「私が不美人だってことは嫌っていうほど知ってた。」

追悼:ジャンヌ・モローの美しき女優人生と格言集(エル・オンライン)

彼女が残したことばは、どれも強くてかっこいい。

女性として心にメモしておきたいものばかりです。

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