SABAすたいる

スイスのくらし、旅のエッセイ、日々のできごと、おもうこと。

マインドフルネス?

Home, sweet home!と夫。

あー、やっぱりウチがいちばん、とわたし。

旅から帰った、わが家の玄関でひたるこの幸福感。

もしかしたら、このしあわせを味わうために旅にでるのかも。

…なんて思いたくなるほど、トラベルはトラブルだらけだ。

遅れないよう、まちがえないよう、失くさないよう。

なんど確認しても、すぐ不安になって、開けたり閉めたり。

旅のあいだは何かと気のはることがおおい。

ならば、わざわざ旅なんかにでなくても、ずっとわが家にいたらよかろうと思うのだ。

なのにどうして、ひとは好きこのんで、旅にでるんだろう?

5月のおわり。きゅうに京都にひとり旅することになった。

外国人の夫の期待にこたえる必要なく、100%マイペースでただ好きなように京都を旅するのはひさしぶりだった。

ちょっとずつ集めている、和の器をみてまわったり。

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本屋さんのカフェで、のんびり読書したり。

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思いつきでとびこんだ、老舗料亭のお弁当を食べたり。

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とくに予定を決めず、行き当たりばったり歩いた。

最終日の朝、なぜか早いうちから目が覚めてしまったわたしは、ふと思いたって、ホテルの朝ごはんをパスし、ちかくの南禅寺まで歩いてみることにした。

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早朝の山門は、人かげもまばら。

空気はまだつめたく、すんでいる。

本坊の廊下を歩くと、床のきしむ音だけがひびく。

風がわたり、青いもみじをゆらすと、みどりを映すつくばいの水面がさざなみだつ。

息をすって、はいた。

それからまた、息をすって、はいた。

なにも考えず、あたまの中はからっぽだった。

ただただ、そこに居るだけの時間がすぎていった。

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ふと耳をすますと、どこからか水の流れる音がする。

その音にみちびかれるようにして、うす暗いろうかをすすむ。

スーッと音もなくふすまがあいた。

衣ずれの音がして、すべりでてきたのは、黄土色の僧衣に身を包んだお坊さんだった。

「おはようございます」

ちょっとドギマギするわたしに、とってもきさくに話しかけてくださった。

冗談まじりの世間ばなしから、話題はめぐりめぐって国際問題まで、気づけば立ち話すること数分。

もしや、出勤(?)途中のところを長々とお引きとめしてしまったのでは?

はっとわれにかえり、おわびすると、

「あちらにお茶席もありますから、どうぞゆっくりしてってください」

とニッコリ。

遅刻にならないといいけどな。

心なしかいそぎ足で、おつとめにむかうお坊さんの背中に、お辞儀してあたまをあげた。

すると、さっきまでお坊さんがたっていたところに貼られた、一枚の紙が目にはいった。

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おきてしまったことや、さきの不安に、とらわれてはいけない。

いまこの瞬間、この場所を、まっさらなきもちで、悔いなくすごすこと。

それが、日々のくらしをよきものにする。

頭では、知っていたこと。

いましがた、体でかんじた何か。

そのふたつが結びついて、はじめて腑に落ちた瞬間だった。

お茶席からは、滝の流れるちいさな庭がみえた。

この水の音にさそわれて、わたしは今、ここにいる。

そのことを体じゅうで味わった。

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旅は「いま、ここを生きること」を鮮やかにきりとってみせてくれる。

だから人は、旅にでるのかも♩

マインドフルネス: mindfulness)は、今現在において起こっている経験に注意を向ける心理的な過程であり[1][2][3]瞑想およびその他の訓練を通じて発達させることができる[2][4][5]。マインドフルネスの語義として、「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」といった説明がなされることもある[6]。マインドフルネス(mindfulness)という用語は、パーリ語サティ(sati)の翻訳であり[7]、サティはいくつかの仏教の伝統における重要な要素である[8][9]。仏教の教えにおいてマインドフルネスは、人を苦しみからの完全な解放や悟りと呼ばれるものへと徐々に導いていく自己認識や智慧を発達させることに役立っている[8]

Source:マインドフルネス - Wikipedia

*ちょうどその日、地球の裏側にて「テロ攻撃サバイバルブートキャンプ」なるおそろしい名のトレーニングに参加していた夫。このマインドフルネス体験を報告したところ、意外や意外!その日、テロ攻撃から身を守る何カ条のひとつとして「マインドフルネス」を学んだところだといいます。いわく「身の回りの不審なものや、うごきに常に注意をはらうべし」という意味らしいのですが。。つまり、わたしが、お寺のお庭でマインドフルネスしていたそのころ、夫は、テロリスト相手にマインドフルネスしていたというわけ。。世の中には、ずいぶんいろんな「マインドフルネス」があるものです!