こんどの週末、田舎の家で、いっしょに過ごさない?
フランス人の友人カップルから、招待状をうけとった。
フランスの、
田舎で、
週末を。
この言葉のひびきだけでもう、うっとり、とろけてしまいそうな私である。
ここ数日など、あんまり楽しみで、なんども招待状を読み返しては、ほくそえむ毎日。
しまいには一言一句にいたるまで、完ぺきに暗記してしまうほどだった。
”Middle of Nowhere”へようこそ
ちょっとユーモラスなタイトルではじまる、招待状。
「S字カーブをすぎたら左折」
「1.5キロすすんだ右手」
「一軒家がみえたら右折」
いまいち心許ない道案内につづき、
このすばらしく丁寧、かつ簡単明瞭な道案内にもかかわらず、道に迷ってしまったあなたへ。
残されたオプションは2つ。
1. 泣くか?
2. 祈るか?
ちなみにケータイは、電波がないから、つながりません。
グッドラック!
ジャッキー&ジル
と、結ばれている。
この招待状で、じっさい何がいちばん役に立ったかといえば「残されたオプションは2つ」のくだりだろう。
「すばらしく丁寧、かつ簡単明瞭 」な道案内にもかかわらず、道に迷ってしまった私たちが、しめされたオプションのうち「2. 祈る」を選択し、天を仰ぎみていると、どこからか旧式のランドローバーのクラクションを鳴らして、ジルがむかえにあらわれたからである。
祈りは、ケータイよりも強し!
と思ったら、家の前を通り過ぎていく、私たちの車をみていて、追いかけてくれただけだったのだけど。。
「まだいいほうだよ。8割がたは、たどりつけないからね」
それもそのはず、
「とくに、夏は木がしげって、通りから見えなくなっちゃうから」
という目印の青い窓。
この、青い窓が目印の、築200年の石造りの農家が、ジルとジャッキーの田舎の家だ。
「今朝、村のマルシェで仕入れてきた、地元の食材ばかりよ」
というジャッキーの声に、みるとテラスのテーブルには、すでにランチの用意ができている。
パプリカのマリネに、ナスのディップ。
カラフルな、地元産の朝獲れトマト。
村でいちばんの総菜屋特製のパテ。
メインは、やぎのチーズのクレープ包み焼き。
そしてデザートは、村のパティスリーからのケーキ。
「大型のスーパーもあるんだけど、この村の生産者を応援したいし。それに何より美味しいからね」
そういって、ジャッキーは、きんきんに冷やしたワインを、グラスに注いでくれた。
新鮮な野菜は、かみしめるほどに野菜の味が強くする。
量産はしない、というチーズは、クセになりそうな旨味が口中にひろがった。
「村の味」が総出でおでむかえしてくれたような、すてきなウェルカムランチだった。
食後、村の人たちで共有するという、プライベートな森に連れて行ってくれた。
ケータイの電波も届かない"Middle of nowhere"。
古くからの農家がポツン、ポツンと点在する、この村の人たちは、強くて太い絆でむすばれている。
標高千メートルの山あいの村は、冬になれば一面雪におおわれる。
たすけあわなければ、生きていけないきびしい環境が、長い年月をかけて育んだ絆である。
それだけに、引っ越してきた当初、そこに入っていくのは、簡単じゃなかったけれど、とジャッキーはいった。
「いまじゃ、家の鍵をあずけあう仲!」
テマヒマかけて、少しずつ、絆をむすんだ。
いったん、心を許せば、これ以上人情味のある人たちはいない。
村で宴会をすれば「かける音楽の趣味が悪い」などといって、ケンカがはじまったり、ロミオとジュリエット顔負けの確執があったり、それでも何か困ったときにはかならずだれかが力になってくれる。
そんな親戚みたいな人たちにかこまれて、ふたりは暮している。
そんな「おおきな家族」みたいな村だから、道に迷ったときも、だれかつかまえて、ただ「ジャッキーとジルの家」と聞けば、すぐに道順を教えてくれたはずなんだけどねぇ、とジル。
問題は、その誰かが見つかるか、なのだけれど。
そう、ここは"Middle of nowhere"。
犬と、馬と、牛はみかけたけれど、人間にはひとりも遭遇しなかった。
ケータイも、GPSもない。
でも人の絆がある。
そんな暮しって、どんなだったっけ?
そんなことをうすぼんやりと考えていると、遠くからジルが叫ぶのがきこえた。
「迷子になったら大変だから、気をつけて!」
だいぶ先にいってしまった皆が、ふりかえっているのが見えた。
大昔、動物たちのいけにえが捧げられたと、いい伝えられる大きな岩に、うっそうとした暗い森。
とつぜん、しげみがワサワサっとゆれる。
しげみから顔をだしたのは、牛だった。
スマホは圏外。
きゅうげきに心細くなった私は、小走りでみんなを追いかけたのだった。
つづく。