くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

オトコたちの失言

午後から吹きはじめた北からの風が、街じゅうを黄金色にかがやかせていた、葉っぱの雨を降らせている。

はらり、くるり、ひらり。

葉っぱは、ワルツを踊るみたいに、弧をいくつも描きながら宙を舞って、さいごにフワリと着地する。

かさり、こそり、ぱさり。

みるみるうちに、ふかふかのじゅうたんが、敷きつめられていく。

色という色は、どこまでもこっくりと深まり、音という音は、どこまでもかわいてゆく、ひそやかに深まるローヌの森の秋 ♪

まいもどった渡り鳥たちは、なわばり争いにいそがしく、裸になった木々の合間には、リスのきょうだいがグルグル、グルグル追いかけっこしているのがよくみえる。

そのようすを、飽きもせずながめていると、日本の母から電話がかかってきた。

「どうも」

いつもと変わらぬ第一声。

しかし、今日のそれには、なみなみならぬ「ご立腹」がにじみでている。

ワケをきくと、こうだった。

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母の留守中に、ご近所のAさんから電話がかかってきた。

応答したのは、父だ。

Aさんのアメリカに住む娘さんが、大量に古着のジーンズを送ってくれたので、おひとついかがですか?というのが用件だった。

帰宅した母は、それを聞くと、

「ありがたいけど、もうジーンズなんてはく年でもないし、ウチは結構だわ」

と、ひとまず夕飯のしたくにとりかかったそうだ。

二度目にAさんから電話がかかってきたとき、母は揚げものの真っ最中。

電話に応答したのは、ふたたび父である。

「あとでかけなおすわ」

そう伝えてもらおうと思ったその瞬間、父がこういうのが聞こえてきたそうだ。

さっき、ウチのに伝えたんだけどねぇ、

80ちかくのバァさんがねぇ、

ジーンズなんてみっともなくって、

見れたもんじゃないから結構ですってさ。

ちなみに、母は70代前半、、いや、それ以外のどこを切り取っても、母の頭に血をのぼらせる要素満載な、父の失言である。

母が怒るのは、無理もない、わたしはそう思ったのだけど、

「さっき、自分でいってたこと、そのまま伝えただけなのに」

と、当の父は怒られている理由が、まったくわからないようだった。

悪気はないのである。

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まったく、オトコってやつは。

母とわたしは、そう口をそろえて、ため息をついた。

そして同時にわたしたちは、もうひとりのオトコの顔を思い浮かべていた。

それは、妹の夫のCくんの顔であった。

このたび、Cくんの一族でひさかたぶりに盛大な法事が執り行われることとなり、妹たち家族もそろって出席することになったそうだ。

ところがCくんは、仕事のため、途中で法事を抜けなければならない。

それならば、きりよく一家全員で同時に失礼しよう、とCくんと妹は相談して決めた。

初対面の人も多いCくんの親戚のなかに、ぽつんと残されるのも気が張るだろうし、ちいさな子供を二人つれて妹がひとりで帰ってくるのも、大変だろうから、と。

さっそくCくんが、電話をかけて、その旨ご両親に伝えることになった。

Cくんは、いったそうだ。

うちの親戚ばかりの席じゃ、

T(妹)が居心地悪いっていうから。

(なんてことを!)

Cくんの背後で、妹は、声には出さず叫んだそうだ。

(なんてことを!)

一回じゃ足りずに、もういちど。

と、Cくんの悪気ない失言に、妹が頭を抱えていたのは、ついこの間のことなのだった。

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おもうに、失言とは。

その夜わたしは、夫相手に、持論を展開した。

なにかいいこと、気の利いたこと、面白いことを言ってやろうと気負ったときに、ついうっかり口をすべらせてしまう「余計なひとこと」だ。

だから、上手いこと言ってやろうなどと、変によくばったりせず「無口でつまらないオトコ」に徹したほうが無難だとおもう。

すると、夫は皮肉っぽい笑みをうかべていった。

「それじゃ”三言しか返ってこない” 無口なボクは、失言のリスクゼロですね」 

、、、というのは最近、

わたしがちょっといいなぁと思う家をみつけて資料をとりよせたのだけれど、

しばらくして夫に感想をきくと、返ってきたのはたったの三言。

「狭い、古い、不便」で、会話終了。

けっきょくその日の夕食の席で、夫が発した言葉といえばその三言のみだった。

という話を、ことあるごとにわたしが言いふらしているのを、逆手にとったつもりらしく。

わかってないなぁ。

わたしは、おもう。

ぜんぜん、わかってない。

無口なくせに、たまたまがんばったときこそが、いちばん危険なのに。

f:id:sababienne:20181121191745j:plain深まる秋。沈黙は金なり。自戒をこめて。