パリの食器屋で、おもちゃみたいなカフェオレボウルをみつけた。
両手のひらに、すっぽりおさまるサイズ感。乳白色の、つるんとしたかたち。手描きの水玉の、よくみるとわずかに輪郭がブレてるゆるさ。かすかに翳りが混じった、びみょうなトーンの赤とむらさきの色づかい。
ちょっとしたディテールに、いちいち胸がときめいて「これ、ください!」きづけば、財布をにぎりしめていた。
大きな声では言えないが、フランスのモノって、やっぱりステキだ。
(スイスのモノとは、何かがちがう)
心の中でつぶやいているだけなのに、
(スイスのモノには、またちがった良さがあるのだけど、、)
フォローしてしまう変なくせが、ポロリとでる。
包みを手にパリの雑踏に出たら、ふとわれにかえって可笑しくなってしまった。
ここはパリ、わたしはひとり旅。フランスのモノにときめくのに、いちいちスイス人に気兼ねする必要などないのだ。
というのもどういうわけか、スイス人にはフランスぎらいが多い。
たとえば、ちょっと変な運転をする車があるとする。ナンバーも確かめずに、スイス人はいう。
「フランス人ときたら!」
それからたとえば、「夫はフランス人です」といったとする。日本なら「あらステキ!」とうらやましがられるところ、スイス人はいう。
「たいへんですね」
はたまた、フランスのマルシェにでかけたとする。わたしは、せっかくなのでフランスのチーズやハムを買ってみたいのだが、夫(スイス人)はいうのだ。
「肉とチーズは、スイス産にかぎる」と。
*ファースト・アスティエ♪
だからひとりでパリを歩いていて、「そうか、だれに気兼ねする必要もないのか!」とおもったら、なんだか急にうれしくなってしまったのだ。
あこがれのアスティエ・ド・ヴィラッドに、メゾン・デュ・ショコラのエクレア。
食べるはしからほろほろくずれる、バターたっぷりのフランス式のクロワッサン。
ショウウィンドウのディスプレイに、街行くひとの装いに、はては犬の表情にまで、
ひとたび封印がとかれたトキメキは、とどまることを知らない。
二泊三日分のトキメキで、ぱんぱんにふくらんだ胸とスーツケースをたずさえ、意気揚々、スイスに帰ってきたのだった。
「ボンソワール、マダム」
と、そんなわたしを空港の出口で、にこやかに呼び止めるムッシューがひとり。
「スーツケースの中身を確認したいのですが、よろしいでしょうか?」
ホテルのバトラー並みに口調はていねいだけど、連れて行かれるのはスイートルームではなく、スイス税関の別室だ。
スイスでは、海外でお買い物した物品が300フラン(3万5千円)を超えると、帰国時に申告して税金を支払わなければならない。
つまりわたしは「300フラン以上買い物したのに、しらばっくれようとしてるふとどきもの」と疑われているのだった。
「かまいませんが」
気づかれないよう、わたしはそっとため息をつく。
じっさい、あんまりしょっちゅう税関でひっかかるので、いまでは傾向と対策はバッチリ。スーツケースを開けられても、なにも困まるものはでてこないのだ。
が、いったん別室行きになると、30分は足止めをくう上、スーツケースの中身を下着から財布のレシート一枚一枚にいたるまで、なめるように調べ上げられるので、これは相当なストレスになる。
それよりなにより、ひっかかることじたい、
「たくさん買い物してきたな?」
「物欲のかたまりだな?」
そう、責め立てられているようで、楽しい気分にすっかり水をさされるのだ。
手袋をはめ、調べる気満々の税関職員の、きれいなかたちの後頭部にむかって、わたしは独りつぶやく。
(スーツケースの中身は、物欲じゃなくて、トキメキなのに。)
トキメキは、プライスレス。
さすがのスイス税関も、トキメキに課税はできないと思うのだけど。
*物欲じゃなくて、トキメキ、です。
*石田ゆり子さんもぎゅうぎゅうしたという、アスティエの看板犬、アヴリルくん。わたしが行ったときは、ぐぅぐぅ寝てました♪