くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

100歳のブルーオニオン、渡されたバトン。

ジュネーブから車で10分足らずのサレーヴ山のふもと。

ちいさな教会と、カフェと個人商店が数軒、軒を連ねるだけのVeyrierは、フランス国境にちかい田舎町だ。

あるものと言えば、サレーヴ山に登るケーブルカーの乗り場だけど、この日わたしたちがここを訪れたのは、サレーヴ山に登るためではない。

とあるマダムのお宅を、訪問する約束があったのだ。

「ARRIVED!(到着しました)」

教えられた住所をセットしてあったカーナビの声が、そう告げる。

わたしたちは、両脇の家をひろげた枝の下に抱え込むようにして立つ、巨大なマグノリアの樹の下に車を止めた。

満開のマグノリアの花影で、車内がふわっとピンク色に染まった。

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表札を確認してベルを押すと、生け垣からぴょこんと顔を出したのは、マダム、、ではなく、ひとなつこそうなゴールデン・レトリーバーだ。

しばらくこちらの様子をうかがうように、ためらいがちにしっぽをユラユラさせていたのだが、ひとたび敵ではないと確信するや否や、跳ねるわ、舐めるわ、かけまわるわの大歓迎。

「ヴィアン、ヴィアン、ヴィアン」

奥からマダムの声がして、玄関の扉がひらく。

「ボンジュール!」

縦横無尽にかけまわる犬のむこうに、マダムの笑顔がみえた。

「アレ、アレ、アレ」

大興奮のレトリーバーを庭に追いやり扉をしめると、

「アンシャンテ」

わたしたちはようやく、はじめましての挨拶をかわしたのだった。

(ちなみに。”ヴィアン”も”アレ”も犬の名前ではない。フランス語でヴィアンは「COME ON(おいで)」、アレは「GO(行け)」なのだ)

 「ふぅ〜、暴れん坊は追い出しましたから、ご安心くださいね」

マダムはそういって、応接間にわたしたちを招きいれてくれた。そして、古いマホガニーのキャビネットの中から取り出してくれたのは、今日の訪問の目的。”ブルーオニオン”だ。

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「ざくろを見たことのなかったドイツ人が、たまねぎとかんちがいした」という、かわいい由来をもつ、このマイセンのブルーオニオンシリーズ。

洋食はもちろん、中国の図柄をもとに染付の技術で作られているので、和食にもなじむ。

和洋いりまじるわが家の食卓には、まさにぴったりのシリーズなのだが、いかんせん問題は値段である。

名前はかわいくても、値段はまったくかわいくない。

定価ではとても手がでないし、仮にがんばって買えたとしてもふだん使いする勇気はない。

すてきだけど、わたしには一生縁がないだろう。

そう思っていたのが、先週のこと。

夫がオークションサイトで「古くて、二級品のため」お手頃価格で出品されているのをみつけて競り落とし、思いがけずわが家にやってくることになったのだ。

そう。

この日、わたしたちは出品者のマダムのお宅に、落札したブルーオニオンを受けとりにやってきた、というわけ。

「100年以上前のものなんですけどね」

大家族で生活するのが当たりまえだった、マダムのお祖母さまの時代から家にあった食器のフルセットも、核家族化がすすみお子さんたちも独立して、夫婦二人だけの生活となった今では場所をとるだけ。

じぶんたちも高齢となり、先のことを考えるとダウンサイズしたほうがいいとわかってはいたものの、三代にわたって家族に引き継がれ使ってきたものを手放す、という決断は、なかなか簡単にはできなかったそうだ。

「でも、いまが、そのときなんじゃないか?って夫が言ったのよ」

家のリノベーションをきっかけに、ようやく断捨離を決心したのだと、マダムはプチプチでお皿を包みながら話してくれた。

わたしは、マダムを手伝いながら、100年前の家族の暮らしを想像してみた。

大家族で囲む食卓では、毎日どんな会話が交わされていたのだろう?

シュークルート、ラクレットに、仔牛肉のクリームシチュー。

お皿には日々、どんな料理がのったのだろう?

 「ヴォアラ!」

梱包し終えたつつみをマダムから手渡されると、それはなんだかバトンタッチの儀式のようだった。

渡されたバトンは、100年分の重みでズシリと重く、おもわずわたしは、背筋をのばしたくなった。

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ところで。

スイスのオークションでは、こんなふうに落札者と出品者が直接やりとりすることがけっこうある。

日本のヤフオクに慣れてるわたしからみると、悪い人だったらどうするのよ〜?と心配になってしまうのだけど、慣れてみると、これがけっこう楽しい。

ときにはみずしらずの人とマフィアの取引をほうふつとさせる廃墟で待ち合わせたり、意気投合してお昼ごはんをいっしょに食べることになったり。

絶景のトゥーン湖畔に住む建築家のカップルに、スイスではちょっと名の知れた会社の創業者のおじいちゃん、、とまぁ普通だったら出会うこともないであろうプロフィールの人たちとの出会いがあったり、すてきなインテリアやくらしをのぞかせてもらったり。

そうやって手にいれたものたちには、そのやりとりの思い出も追加されて、いっそう愛着がわいてしまう。

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翌日、3時のおやつに、さっそくブルーオニオンのお皿を出して使ってみた。

いつもの洋梨パンがちょっとよそゆきの顔をしているようで、おかしい。

そのくせ、新顔のブルーオニオンのお皿のほうは、まるでずっとここにあったみたいな顔をしてくつろいでいるのが、なんだか不思議だった。