くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

胸さわぎのサルサ:のらりくらりコロンビアの休日(2)

きづけばわたしは、30分前にであったばかりのコロンビア人の青年フアンくんと、そのパパ・リカルドさんと、屋上にならべたスノコに川の字に寝転がっていた。

「あ、オリオン座」

などと星座を指さしては、話すともなくただぼんやりと寝そべっていた。

(このみょうに落ちつくかんじは、いったいなんなのだろう?)

オリオン座のかたちに指で星をつなぎながらわたしは、昼間、まちでかんじたあの不思議な感覚をはんすうしていた。

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そもそも、縁もゆかりもないコロンビア。

今回、姪っ子サラちゃんの結婚式によばれることがなければ、一生訪れることもなかったかもしれない国である。

カラフルに塗られた植民地時代の建物がならぶ街は、ちょっと前まで娼婦とドラッグの売人がたっていたという場所だ。

その雰囲気は、生まれ育った日本とも住んでいるジュネーブともかけはなれたもので、およそなじみのあるものではない。

道ゆくひとびとにしてもそうだ。

先住民系、黒人系、スペイン人系、もしくはその混血系で9割を占め、アジア系は全くといっていいほどみかけない。

みた目でいったら、人種のるつぼのジュネーブにいるよりも、ずっと浮いているといっていいだろう。

それなのに。

それなのに、なのだ。

なんだか、とってもいごこちがいいのである。

みょうに、なじんで、落ちつくのである。

おなじ外国なのにどういうわけか、ジュネーブに住んでいてときおりかんじる、あのかなしい異邦人感がまったくない。

この、みょうに落ちつくかんじは、いったいなんなのだろう?

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「エンパナーダ、食べるひと!」

元気に紙袋をかかえて屋上にあがってきたのは、フアンくんの妹のマリちゃんだった。

「食べる!」

フアンくんが、いちばんに飛び起きた。

エンパナーダというのは、ひき肉や野菜などの具をパイで包んで焼いてある、日本でいえば肉まん的なコロンビアのスナックだ。

焼きたてを下の通りの売店で買ってきてくれたので、かじるとさくさくのパイ生地のなかから、あつあつの具がとびだす。

みんなでハフハフいいながら食べた。

じつをいうと、だれもがおなかペコペコだった。

というのも、夕方到着するはずのフライトがキャンセルになり、予定されていたリハーサルディナー(結婚式前日の親族顔合わせ)が中止になってしまったのだ。

首都ボゴタからの、新郎一族をのせた振替便がようやく到着したのは深夜。

やむをえず家の屋上で、冷蔵庫のビールと屋台のスナックで、てきとうにワイワイやることになったのだけど、それが結果的に初対面のみんなの距離をちぢめることになったのかもしれない。

ワイングラスも、ナイフもフォークも、テーブルクロスもないけれど、屋上のスノコの上に直に座って、夜空をながめながらワイワイ飲むビールは最高だった。

やがて、ボゴタでは歌手をしているマリちゃんが、ギターを弾き歌いはじめた。

マリちゃんのやわらかな歌声に、あわせて歌い始めたみんなの歌声が重なって、海からの風にふかれて夜空に消えていく。

はじめて聴く歌だけど、やさしくてちょっと懐かしいメロディーだ。

空には星がチカチカまたたいて、なんだか夢をみているようだった。

「コロンビアの誕生日の歌なんだ」

フアンくんが教えてくれた。

この日は、フアンくんたちのおばあちゃんの、80歳の誕生日だったのだ。

うれしそうに歌をきいているおばあちゃん。

わたしの亡くなったおばあちゃんにちょっと似ていて、おどろいた。

コロンビア人のおばあちゃんに似ているなんて、もしおばあちゃんが生きていたら、わたし以上にびっくりしたにちがいないだろうけれど、、とここまで考えて、わたしはハッとした。

もしかして。

もしかして、わたしには、コロンビア人の血が流れているのだろうか?

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マリちゃんの歌が終わり、スピーカーからアップテンポの曲が流れはじめると、それを合図にみなが踊りはじめたのは、サルサである。

血がさわぐ、とはこのことをいうのだろう。

おばあちゃんからフアンくんまで、老若男女がいりまじって小刻みに腰をゆらし、軽快にステップをふみはじめた。

コロンビアではだれもが、とくに教わるわけでもなく、自然に踊れるようになるのだそうだ。

さいしょは、遠巻きにみているだけだったわたしも、みているうちに、私の中のサルサのビートが、サルサのリズムが、サルサの血がさわぎはじめた。

「踊ろう、教えてあげるから!」

リカルドパパに手をひかれ、わたしも踊りの輪にくわわった。

「ほら、かんたんだよ、力ぬいてみて」

リカルドパパが、手取り、足取りおしえてくれる。

 イチ、ニイ、サン、シー

 ニイ、ニイ、サン、シー

たしかに、かんたんだ。

右に左に、身体をゆらして、ちょっとずつ回転していくだけだ。

 イチ、ニイ、サン、シー

 ニイ、ニイ、サン、シー

そう、言われたとおり、動けてる。

だいじょうぶ。

わたしの中でサルサのビートが、リズムが、血が、DNAがさわいでる、、はず。

 イチ、ニイ、サン、シー

 ニイ、ニイ、サン、シー

それにしては、おかしい。

なにかがちがう。

「うーん、おかしいなぁ」

しまいには、リードしてくれるリカルドパパまで、調子がくるってきた。

 イチ、ニイ、サン、シー

 ニイ、ニイ、サン、シー

 ハァ、ソレ、ソレ

・・・

 (ハァ、ソレ、ソレ?)

・・・

わたしは、確信した。

わたしのDNAは、100%日本人だ。

わたしの身体に流れている血は、混じりっ気なしの日本人の血だ。

わたしは、踊った。

 イチ、ニイ、サン、シー

 ニイ、ニイ、サン、シー

 ハァ、ソレ、ソレ

コロンビアの、星降る夜。

わたしの中で、阿波踊りのビートが、盆踊りのリズムが、日本人の血がDNAが、さわぎつづけていた。

(つづく)

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*翌朝、家の前で全員集合!真ん中がリカルドパパ、その左がおばあちゃん。結婚式の前に、いっしょに市内観光です。