くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

カルタヘナの押し売り:のらりくらりコロンビアの休日(4)

その昔、金・銀・エメラルドの交易港として栄えたせいで、カリブ海の海賊のかっこうのターゲットにされたというカルタヘナ。

旧市街をぐるりと包囲する城壁は、まさにそのカリビアン・パイレーツから街を守るために築かれたものだ。

日が暮れるとオレンジがかった灯りがともり、闇の中にぼーっとやわらかな光をはらんで浮かびあがる城壁の、ルーフトップレストランがその夜の結婚式の会場だった。

会場にむかう道すがら目をうばわれたのは、手に手にろうそくの灯りをたずさえて歩くひとたちだ。

ひとびとが石畳の小径をゆっくりすすむと、ろうそくの灯りを受けておおきな人影が、城壁の石壁にのびる。

それは、まるでパイレーツの影絵が城壁を乗り越えてきたようにもみえて、つい足が止まってしまう。

すると、ヒメナちゃんが教えてくれた。

「きょうは、ろうそくを灯すお祭りの日だからね」

それでようやく、屋台でやけに目を惹いたカラフルなキャンディーだと思ったあれは、そうか、お祭りのろうそくだったのか、と合点がいく。

とどうじにわたしは、気づいたのだった。

そういえば、ろうそく売りだけは押し売りに来なかったな、と。

cartagena, colombia

押し売りは、城壁やエメラルドグリーンのカリブ海にならぶ、カルタヘナの名物だ。

「セルベッサ(ビール)?」

「アッグア(水)?」

「コカコーラ?」

ちょっと歩くと、わらわらと寄ってたかってくる物売りたちは、ありとあらゆるものを手にしている。

アイスクリーム、果物、帽子、アクセサリー、キーホルダーなどおなじみのものから、生貝、生エビ、エメラルドまで。

なかにはつい二度見したくなるようなものもあるのだが、ちらりとでも興味を示したら最後、地の果てまでまとわりつかれることになってしまう。

cartagena, colombia

しかし本当に興味深いのは、売り物よりもむしろ、押し売りその人自身かもしれない。

売りものの帽子を、幾重にもかさねてみずから頭にかぶる者、売りもののヘアバンドを汗ばんだ両腕にとおし、鯉のぼりのようにはためかせてみせる者。

日本だったら、売りものをいったいなんだと思っているのか、とお叱りを受けそうな身体をはったディスプレイには、どこかクスッと笑いを誘うものがある。

「ノー、ノー、興味ないから」

首をよこにふっても、

「イエース、興味ある!」

ぜんぜん、ひるまない。

ひるまないどころか、ちょっと油断すると、勝手にはめられ、かぶらされ、握らされているのだから気がぬけない。

売っているのは、モノだけではない。

サービスも押し売りしている。

スピーカーをかついで、耳元でえんえんラップを歌ってまとわりついてくる者、影法師みたいにパントマイムしてみせる者、カメラを構えれば、フレームの中に入ってきてモデルになりきる者。

その存在感ときたら。。

押し売りをぬきにして、カルタヘナに非ず。

それは、世界遺産の城壁や要塞をも、凌駕するほどなのだ。

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さて。

城壁のルーフトップレストランで、ウェディングディナーのテーブルにつくと、まず配られたのは食前酒のモヒートだ。

となりの席のフアンくんと乾杯すると、なんだか別人みたいに顔がスッキリしているのでおどろいた。

前日、朝までクラブで踊っていたのがたたって、昼間はまったく精彩を欠いていたフアンくんだったのに、目の前にいるフアンくんは、目の下のクマもきれいにとれ、頬はバラ色に輝いているのだ。

きけば、ランチのあとくりだしたビーチで「マッサージの押し売りにあった」らしい。

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ひと泳ぎしたあとパラソルの下で昼寝していると、首のあたりがなんだかモゾモゾ気持ち悪い。おそるおそる目を開けてみるといつのまにか、見知らぬおばさんが枕元に座って、勝手に肩をもんでいたそうだ。

「マッサージ30分、5万ペソよ」

目が合うや否や、おばさんはキッパリといった。

「えー、そんなに持ってないよ」

フアンくんは、びっくりして首をふった。

「じゃあ3万ペソにしてあげる」

あっさり4割引にしてくれたのはいいのだけれど、

「3万ペソももってないから、無理」

ほんとうにフアンくんは、お金をもっていなかったのだ。

「いくらならもってるの?」

核心にせまられたとき、マッサージはフェイスラインに移っており、両頬をV字にリフトアップされていたフアンくん。

顔を羽交い締めにされた格好のまま、海パンのポケットをひっくり返して、所持金を包み隠しなく申告したそうだ。

その額、7千ペソ。

深いため息をついて、おばさんはいった。

「5千ペソでいいわよ。まったくしょうがないわねぇ」

その後マッサージは、スカルプへと進んだのだが、ヤケクソになったおばさんは、破れかぶれに頭皮を殴打してくれた。

と、、以上がフアンくんが話してくれた、事の顚末だった。

それにしても、である。

押しきってマッサージすることにもちこんだのはおばさんの勝利、だけれど、押しかえして5万ペソから5千ペソに負けさせたのはフアンくんの勝利。

のらりくらり押しつけるおばさんもさることながら、のらりくらり押しかえしたフアンくんもあっぱれなのだった。

押し売りもそれをめぐるカケヒキも、ここではエンターテイメントなのかもしれない。

フアンくんのバラ色のほっぺが、そう物語っているようにみえた。

Cartagena-Colombia

ちなみに。

コロンビアペソは、1円が30ペソぐらいなので、5千ペソというのは170円ほど。

170円でマッサージ30分、というのはコロンビアの物価をもってしても破格だ。

はたして、これで商売になったのか?

一抹の疑問がのこるわけなのだが、きっとおばさんはハッピーだったにちがいない、とわたしは信じている。

なぜって?

細かいことは気にしない、きちきち物事を考えない。

コロンビア人の”ノープロブレム&のらりくらり精神”が、おばさんにも流れているはずだから。

(おわり)