その昔、金・銀・エメラルドの交易港として栄えたせいで、カリブ海の海賊のかっこうのターゲットにされたというカルタヘナ。
旧市街をぐるりと包囲する城壁は、まさにそのカリビアン・パイレーツから街を守るために築かれたものだ。
日が暮れるとオレンジがかった灯りがともり、闇の中にぼーっとやわらかな光をはらんで浮かびあがる城壁の、ルーフトップレストランがその夜の結婚式の会場だった。
会場にむかう道すがら目をうばわれたのは、手に手にろうそくの灯りをたずさえて歩くひとたちだ。
ひとびとが石畳の小径をゆっくりすすむと、ろうそくの灯りを受けておおきな人影が、城壁の石壁にのびる。
それは、まるでパイレーツの影絵が城壁を乗り越えてきたようにもみえて、つい足が止まってしまう。
すると、ヒメナちゃんが教えてくれた。
「きょうは、ろうそくを灯すお祭りの日だからね」
それでようやく、屋台でやけに目を惹いたカラフルなキャンディーだと思ったあれは、そうか、お祭りのろうそくだったのか、と合点がいく。
とどうじにわたしは、気づいたのだった。
そういえば、ろうそく売りだけは押し売りに来なかったな、と。
押し売りは、城壁やエメラルドグリーンのカリブ海にならぶ、カルタヘナの名物だ。
「セルベッサ(ビール)?」
「アッグア(水)?」
「コカコーラ?」
ちょっと歩くと、わらわらと寄ってたかってくる物売りたちは、ありとあらゆるものを手にしている。
アイスクリーム、果物、帽子、アクセサリー、キーホルダーなどおなじみのものから、生貝、生エビ、エメラルドまで。
なかにはつい二度見したくなるようなものもあるのだが、ちらりとでも興味を示したら最後、地の果てまでまとわりつかれることになってしまう。
しかし本当に興味深いのは、売り物よりもむしろ、押し売りその人自身かもしれない。
売りものの帽子を、幾重にもかさねてみずから頭にかぶる者、売りもののヘアバンドを汗ばんだ両腕にとおし、鯉のぼりのようにはためかせてみせる者。
日本だったら、売りものをいったいなんだと思っているのか、とお叱りを受けそうな身体をはったディスプレイには、どこかクスッと笑いを誘うものがある。
「ノー、ノー、興味ないから」
首をよこにふっても、
「イエース、興味ある!」
ぜんぜん、ひるまない。
ひるまないどころか、ちょっと油断すると、勝手にはめられ、かぶらされ、握らされているのだから気がぬけない。
売っているのは、モノだけではない。
サービスも押し売りしている。
スピーカーをかついで、耳元でえんえんラップを歌ってまとわりついてくる者、影法師みたいにパントマイムしてみせる者、カメラを構えれば、フレームの中に入ってきてモデルになりきる者。
その存在感ときたら。。
押し売りをぬきにして、カルタヘナに非ず。
それは、世界遺産の城壁や要塞をも、凌駕するほどなのだ。
さて。
城壁のルーフトップレストランで、ウェディングディナーのテーブルにつくと、まず配られたのは食前酒のモヒートだ。
となりの席のフアンくんと乾杯すると、なんだか別人みたいに顔がスッキリしているのでおどろいた。
前日、朝までクラブで踊っていたのがたたって、昼間はまったく精彩を欠いていたフアンくんだったのに、目の前にいるフアンくんは、目の下のクマもきれいにとれ、頬はバラ色に輝いているのだ。
きけば、ランチのあとくりだしたビーチで「マッサージの押し売りにあった」らしい。
ひと泳ぎしたあとパラソルの下で昼寝していると、首のあたりがなんだかモゾモゾ気持ち悪い。おそるおそる目を開けてみるといつのまにか、見知らぬおばさんが枕元に座って、勝手に肩をもんでいたそうだ。
「マッサージ30分、5万ペソよ」
目が合うや否や、おばさんはキッパリといった。
「えー、そんなに持ってないよ」
フアンくんは、びっくりして首をふった。
「じゃあ3万ペソにしてあげる」
あっさり4割引にしてくれたのはいいのだけれど、
「3万ペソももってないから、無理」
ほんとうにフアンくんは、お金をもっていなかったのだ。
「いくらならもってるの?」
核心にせまられたとき、マッサージはフェイスラインに移っており、両頬をV字にリフトアップされていたフアンくん。
顔を羽交い締めにされた格好のまま、海パンのポケットをひっくり返して、所持金を包み隠しなく申告したそうだ。
その額、7千ペソ。
深いため息をついて、おばさんはいった。
「5千ペソでいいわよ。まったくしょうがないわねぇ」
その後マッサージは、スカルプへと進んだのだが、ヤケクソになったおばさんは、破れかぶれに頭皮を殴打してくれた。
と、、以上がフアンくんが話してくれた、事の顚末だった。
それにしても、である。
押しきってマッサージすることにもちこんだのはおばさんの勝利、だけれど、押しかえして5万ペソから5千ペソに負けさせたのはフアンくんの勝利。
のらりくらり押しつけるおばさんもさることながら、のらりくらり押しかえしたフアンくんもあっぱれなのだった。
押し売りもそれをめぐるカケヒキも、ここではエンターテイメントなのかもしれない。
フアンくんのバラ色のほっぺが、そう物語っているようにみえた。
ちなみに。
コロンビアペソは、1円が30ペソぐらいなので、5千ペソというのは170円ほど。
170円でマッサージ30分、というのはコロンビアの物価をもってしても破格だ。
はたして、これで商売になったのか?
一抹の疑問がのこるわけなのだが、きっとおばさんはハッピーだったにちがいない、とわたしは信じている。
なぜって?
細かいことは気にしない、きちきち物事を考えない。
コロンビア人の”ノープロブレム&のらりくらり精神”が、おばさんにも流れているはずだから。
(おわり)