くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

本当のところ、と女ごころ。

女どうし、もりあがる会話ネタといえば、美容法や健康法。

けれども、次から次へ新しい説が出てきて、昔の常識が、いま非常識、ということも多く、何を信じていいのやら、さっぱりわからない。

わたしが子供のころは、日焼けは健康優良児のしるしなどといわれ、母子手帳にも「積極的に日に当たりましょう」と推奨されていたはずなのに、いまや、子供とて、帽子や日焼け止めはかかさずに、という変わりよう。

コーヒーだって、たしか一時期は、胃がんになるとかなんとかで、健康に悪い飲み物というイメージが強かった。でも、最近は、飲んでいるひとのほうが健康リスクが低いという研究結果が発表されるなど、ポリフェノールの摂取源として見なおされていている。

それから肉。すこし前まで、成人病や肥満などの主犯格あつかいだった。高齢になってきた両親も「野菜、魚中心の和食」をこころがけていたのに。最近では「健康寿命をのばすにはやはり肉。肉は良質なたんぱく源」とかいって、ステーキを食べにでかけたりしているらしい。

去年、キューバの海でころんでケガをしたときのこと。

膝こぞうと手首をせいだいにすりむいた。あいにく近くに救護を求められる場所もなく、自分でなんとか応急処置をしなければ、とはるか彼方の記憶をたぐりよせる。

なにしろ、ここまで本格的にころぶなんて、何年ぶりか、いや何十年ぶりかなのだ。

前に、テレビでみた、人喰いバクテリアの恐怖が頭をよぎる。ちょっとしたケガだと思って油断していたら、気づいた時には全身がバクテリアに侵されて腐っていく、みたいなはなしだった。

油断禁物!何はともあれ、消毒だろう。

ビーチゆえに、もちあわせているものといえばサングラスとタオルだけ。

目にとまったのは、キューバ名産ラム酒のボトル。アルコール分40度。

さっそく、口に含んでいきおいよく、吹きかけてみる。

ハンパない激痛!

小さな男の子が、恐怖を顔ににじませて、こっちをガン見していた。無理もない。血を流したアジア人の女が、酒びん片手に悶絶している図、というのは子供じゃなくても、ちょっとこわい。

ともあれ。痛かったぶん、しっかり消毒されたような気がした。

ラム酒で消毒とは、われながら名案だったと、スカイプで実家の母と妹に自慢げに報告したところ、

「え?知らないの?今って消毒しちゃいけないんだよ」

と妹。

昔は、消毒して乾かして治す、っていうのが常識だったけれど、消毒せず、乾かさず治すのが、今のスタンダードなのだと。

「っていうか、酒で消毒なんて、古い映画の見過ぎ!」

と笑われた。さすが小さな子供を育てているだけに、妹の知識は最新のものにアップデートされているのである。いやはや、赤チンからマキロンにアップデートして、安心していたら、すでにマキロンも時代遅れになっていたとは。。

湿潤療法って言ってね、今じゃそれ専用のフィルムも売っているし、傷あともきれいさっぱり消してくれるクリームもあるんだよ」

4歳になる甥っ子の傷も、数日で跡形もなく、つるんときれいに治ったらしい。

「試してみれば?感動するほどきれいに治るから」

と母もいうので、

「そんなにいうなら、試してみようかな」

「傷あとが治るならシミにも効くかもね」

などと、女3人、ミラクルな新製品ネタでひとしきり盛り上がったのだった。

すると、突然。

どこからか父の声がした。

「4歳児に効いたからって、40代に効くとはかぎらないよ」

「だって新陳代謝がぜんぜんちがうんだから」

といいきって、とくいげな笑み。

「せっかく盛り上がっていたのに、余計なひとことを‥」

しばし、女3人の集中砲火をあびた父。

「本当のことをいっただけなのになんで怒られるの?」とオス犬を抱えて、寝室に退散していった。

まったく。いつもいつもこうなのだ。

そう、たしかに「本当のこと」なのである。一年ちかくたった今。わたしのひざ小僧には、ミラクル新製品の効果なく、傷あとがくっきり残っているのだから。

が、父よ。そろそろ気づいてほしい。

女は「本当のことなどどうでもいい」いきものだ、ということに。

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ヘミングウェイ行きつけのバーEl Florida (Havana)。フローズンダイキリとモヒート。ラム酒のただしい使い方。