トレッキングメンバーのひとり、モントレーは動物さがしの名人だ。
「あ、あそこ」
小さくささやき、モントレーが立ち止まると、その視線のさきに動物がいる。それはまるで魔法か手品をみているかのようで、わたしは動物がみたくていつもモントレーにぴったりくっついてあるいた。
「ぴゅうっ、ぴゅうっ」
モントレーが口笛をふく。草原のかなたからかすかに聞こえるマーモットの鳴き声に呼応しているのだ。すがたは見えない。たちどまって目をこらしながら、いつまでも口笛を吹くのをやめないモントレーは、現実にはおなかのでっぱったおじさんなのだけれど、まるで少年のようだった。
「おいてくわよ」
三人の男の子のママであるガイドのカリンも、さすがに50代男子の面倒はみきれないとばかりに、歩きはじめる。
冬支度にいそがしいこの時期、まるまると太ったマーモット。ちょっと気をつけてみるとケーブルカーからも、追いかけっこやとっくみあいのレスリングをする姿を目にすることができる。
運がよければ、トレイルから至近距離ですがたをみることも。警戒心がつよく、すぐに巣穴にひっこんでしまうくせに、好奇心もおなじくらいつよいのか、たちどまってこちらをじっと見返してくることもしばしばである。
スイスでは牛とならび愛すべき存在のマーモット。
土産物店にいくと、ぬいぐるみやTシャツなど、マーモットグッズがたくさん並べられているが、おもわずギョッとして二度見してしまったのが「マーモットクリーム」だ。
マーモットオイル3%配合、とある。そう、まさかのまさかなのである。マーモットの脂肪からとったピュアオイルは、古くから筋肉痛に効くといわれており、薬局にいけばクリームからローションまでさまざまな濃度、タイプのものが売られている。
塗るとスースーして、ペパーミントやハーブのいい香りがする。例えていうなら、スイス版タイガーバームといったところだろうか。スースー度はかなりマイルドだけれど。
こちらは、Scuolでみかけた薬局のショーウィンドウ。なんだか残酷なかんじもするが「かわいいけど、それとこれとは別」的なわりきりがいかにも合理的なスイス人らしい商品である。
残酷といえば。秋はアルプスの動物たちにとって受難の季節といっていいだろう。狩猟が解禁になるのである。ハイキングしていると、銃を肩からさげた猟師たちとすれちがう。
「きょうは、バンビを二匹しとめたよ」
という満足気なヒゲ面の猟師のTシャツには、点々と血のシミがついていて、おもわず腰がひけた。聞けば、しとめたら即座に血抜きをしないと肉質が落ちるのだそう。
過日いただいたあの一皿も、こんなふうにしとめられたバンビだったのだ。
Chasse(シャッス)と呼ばれる狩猟料理は、ひとびとが楽しみにしている秋の味覚である。この季節、レストランに行くと「Chasseあります」と自慢気に看板がかかげられていて、つられて人々は足を止める。
バンビの肉はやわらかくて、ベリーの酸味とソースの甘みがマッチして美味。くさみなどは一切かんじない。
そう、動物たちには受難の秋なのだけれど、秋は収穫の季節。人間にとっては味覚のたのしみが増える秋なのである。
アローザでも、秋の味覚を楽しむメニューがいろいろ企画されていて興味深かった。
日にち限定でヴァイスホルン山頂レストランで供されるのはMetzgeta(メッツゲタ)。「屠殺したてのフレッシュな豚で作ったソーセージ」と説明があった。保存食のイメージが強いソーセージ、新鮮なものってはたしてどんな味がするのだろう?
Photo by アローザ観光局
いっぽう、カルメンとトーマスが切り盛りする山小屋CASANNAでは、野生のバンビの背中の肉をつかった料理や、
gems(独)とよばれるヤギの料理が狩猟シーズン限定のスペシャリテだそう。
残念ながら今年はココで食事できなかったのだけど、去年いただいた野生シャンテレルのパスタやかぼちゃオイルを垂らしたコクのあるパンプキンスープは、とびきり美味しかった。
バンビの背肉料理も、ヤギ料理もきっときっとすばらしいにちがいない。
スイスの秋はみじかい。自然のめぐみに感謝しつつ、秋の味覚をたのしまなければ。
*このエリアでは唯一、通年人が住む山小屋。ちょうどここに泊まっているというドイツ人のグループといっしょになりました。こんな場所で過ごす夜や、いただく朝ごはんはかくべつだろうなぁ。