近所に住む、JさんとNさん夫婦のアパートに遊びにいった。
少女のようにかわいいNさんは、植物を育てる天才。
アパートは、いつ訪ねても草花がいきいきと繁茂し、E.T.をむかえにきたあの宇宙船のようである。
いっぽう、夫のJさんは、温厚な見た目からは想像もできないような、激辛なブラックジョークを放つ英国紳士だ。
「この夏はどちらへ?」
答えはすでにわかっているのだけれど。
決まり文句のあいさつを、いちおうしてみる。
Jさんの夏は、毎年、毎日、判で押したようにおなじなのだ。
朝、近所の湖にでかけて、ひと泳ぎしたあと。
湖岸のカフェでコーヒーをすすり、日焼けにいそしむトップレスの女の子たちに鼻の下をのばす。
「わざわざ混んでる地中海なんかに行く気がしれないね」
鼻の根っこにぎゅっとシワをよせ、Jさんは言う。
たしかに、早朝の湖は空いている。
アルプスの氷河から流れこむ水はつめたく、どこまでも青く澄みわたっている。
おまけに高齢者用のシーズンパスなら、夏のあいだ三千円ぽっきり。
しかもトップレスまで楽しみ放題とあれば、これはもうJさんのことばどおり「Good Life!」以外のなにものでもない。
「この夏もあいかわらずでね」
いつもどおりの返答に、だけど今年はちいさなニュースがひとつ、とJさんはつづけていった。
「わが家に新しい家族がふえました」
家族?
Jさんといえば、さいきんお孫さんが20歳になったときいたけれど?
困惑するわたしの手をひき、奥さんのNさんが夫妻の寝室に招きいれてくれた。
そのまま寝室をつっきって、ベランダにでるとNさんは、トマトの植わったプランターの片隅をゆびさして、ニッコリ笑った。
クルックゥ
そっとのぞくと、肩をよせあった二羽の子鳩が首をかしげ、葉っぱのかげからまん丸な目でこちらをみつめている。
「こっちには、卵がふたつ」
ローズマリーの鉢のむこうでは、巣で卵をだくお母さん鳩が目をパチクリさせている。
鳩のきょうだいは、わたしがちかづいてもぜんぜん怖がらない。
ぎゃくに興味しんしんで、こちらの様子をうかがっている。
というのも、もっか飛行訓練中のこの子たち、まだ外の世界を知らない。
この守られたベランダが世界のすべて。
心優しいJ&Nさん夫妻がすべてなのだ。
なんと愛に満ちたベランダなのだろう!
こころ温まる思いをだいじに抱きながら、わたしは家路についた。
翌朝のことだ。
朝ごはんをたべていると、ベランダに一羽の鳩がやってきた。
わたしは、J&Nさん夫妻の新しい家族の話を、夫に話した。
きのうの”心の温もり”を共有し、
「いい話だね」
とか何とか、当然そういう類の反応を期待していたわけなのだけれども。。
話が終わるか、終わらないかのうちに立ち上がり、ベランダへ直行した夫。
胸をはり、両うでを横に大きくひろげた。
バッサ、バッサ、バッサ
ワシのごとく羽ばたいたかと思うと、
とどめに、クァーッとひと鳴き。
威かくして、鳩を追っぱらってしまった。
・・・
心の温もりは、いずこへ?
鳩が去り、満足気に仁王立ちするワシ、、いや、夫の背中をうつろな瞳でみつめながら、わたしは冷めてしまったお茶をすすったのだった。
ところで今、このブログをベランダで書いていたところ。
「こらぁっ」という怒鳴り声につづいて「ニャァ〜ゴ!」と猫の叫び声がきこえた。
みると階下の住人が、庭でスコップをふりあげている。
すこし離れたところで、猫が眉間にシワをよせ、こちらをふりむいたところだった。
いったいいつから、こんな不寛容な世の中に、なったのでしょうか?
猫は、世の理不尽を嘆いているようだった。