くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

壁の穴

秋ぐちに、食洗機がこわれた。

買い替えてほっとしたのもつかの間、こんどは高速道路で車がこわれてスイス版JAFのお世話になった。

こういうのって続くんだよね、と警戒していたある日。

外出先から家に帰ってみると、家じゅうプールみたいな匂いがする。鼻をたよりにみてまわると、壁一面に床から数センチほど、帯状のしみが滲みでているのをみつけた。

「床下か壁の向こうで、水漏れしているようなのですが」

水漏れの緊急用電話番号に電話すると、なんと次の日にPlombier(配管工)が来てくれて、わたしはその対応の迅速さに心底感動してしまった。

「緊急なのに、翌日? 当日じゃなくて?」

日本に住む母からそう聞き返されたのだけど、たしかに緊急なのに翌日だなんて、日本だったら感動どころかクレームをつけたくなるところだ。

でも、けっして言いまちがえたわけじゃない。

此処に流れているのは、数ヶ月待たされて当たり前の「スイス時間」。緊急とはいえ翌日に来てくれるなんて、じゅうぶん感動に値するできごとなのである。

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*TCSは、スイス版JAF。エンジンの冷却水が漏れてたのを、応急処置してくれました。

さて、やってきたのはまだ幼さの抜けきらない、新米Plombier(配管工)君。大丈夫かなぁ?という視線を浴びるのは、きっとはじめてじゃないのだろう。幼さをカムフラージュするようにわざとしかめ面作ってみせると、大きな工具箱からハイテク機器をとりだした。

壁に当てるだけで湿度を察知し、水漏れ箇所を特定できるというその計測器を使って、

「ここはちょっと湿度が高いですね」

「ここはそうでもないです」

などと得意気に解説しながら、家じゅうの壁という壁を計測してくれたのだった。

計測器がひときわけたたましく鳴りひびいたのは、トイレとキッチンの間の壁にきたときだ。

「間違いありません。ここです」

大きくうなずいてみせると、大きなハンマーを手にとった新米Plombier君。

ドカン!ドカン!ドカン!

次の瞬間、壁にはポッカリ大きな穴が開いていた。

f:id:sababienne:20201207030329j:plain あれから、三ヶ月がたつ。

「ここじゃありませんでした」

と、新米Plombier君がガムテープでふさいでいった壁の穴は、いまもそのままだ。

「すぐに手配します」

と、新米Plombier君は言い残していったけれど、もはや年内に壁の穴がふさがれることはないだろう。

でもまぁ、しかたがない。

此処では万事がこの調子。

最初から期待してないぶん、腹も立たぬというわけなのだ。

期待するのもほどほどにして不便を受け入れることで、こんなふうに心穏やかでいられるのならば、不便は便利よりも価値があることなのかもしれない。

これはわたしが「スイス時間」で出会った、おりおりの「壁の穴」から学んだことである。

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*12月6日は、聖ニクラウスの日。聖ニクラウスをかたどったパンは下半身から食べるか、上半身から食べるか、、毎年悩ましいのです。ところで肝心な水漏れのほうはといえば、翌日やってきたジャン・レノ似の親方がものの三分で水漏れ箇所を特定し、配管のゆるみをスパナ一本で締め直して一丁あがり!熟練工の貫禄をみせつけてくれたのでした。