起きたらまず、マグカップにレモンジンジャーティーを作り、朝ドラを観ながらゆっくり飲む。それから、朝ごはんにはコーヒー。読書には、日本茶か紅茶。夕食後にはまたコーヒー……と、お茶やコーヒーは日々の暮らしに欠かせない。ごくまれにコーヒーを豆から挽いたり、ティーポットで優雅にお茶をいれたりすることもあるけれど、ティーバッグをドボンか、コーヒーメーカーだのみの場合がほとんどである。
すこし前に、日本茶のいれ方とテイスティングの講座に参加する機会があった。
ティーインストラクターの女性が、優雅な手つきで茶器をあやつりながら、おいしい煎茶のいれ方を説明してくれたのだが、むずかしいことがひとつもないことに、かえって拍子抜けしてしまった。
沸かしたお湯を湯呑みにうつし、湯冷ましにうつし、それから急須にうつす。こうするとそのたび十度ずつ温度が下がる。煮えたったお湯も急須に注ぐときには、煎茶をいれるのにちょうどよい七十度になる、というわけだ。
さしだされた湯呑みをのぞくと、やわらかなみどり色が目に優しく、ふわっとお茶のかおりがたちのぼる。ひとくち口に含んでみると、ぬるめのお湯はとろりと甘い。ちょっとしたひと手間で、こんなに美味しくなるのなら、手間を惜しむほうがもったいない。
ところがさいきん一番美味しかったお茶といえば、健康診断センターで飲んだ紅茶である。なんの変哲もない、レモンティー。いれてくれたのは、セルフサービスの給茶機だ。バリウム検査のあと、水を飲める場所がないか、ちょうど廊下にいた検査技師の制服を着た女性にきくと、ひとつ上の階に給茶機があるとおしえてくれたのだった。
「紅茶がおいしいです。わたし、大好きなんです」
ありがとう、と行きかけると女性はそう付け足し、にっこり笑った。
水が飲めればそれでよかったのだけれども、せっかくなのでわたしは紅茶をいただくことにした。紙コップをおいてボタンを押すと、じゃーっと勢いよく紅茶が注がれた。それは予想どおり、よくあるレモンティーだった。あたたかくて、甘くて、レモンの香りがする。
朝から検査のはしごでのどはカラカラ。ひさしぶりの人混みのなかでじつは疲れてもいたのだろう。ひとくち飲むと、ほっと緊張がゆるんだ。
(あぁ、美味しい……)
ふたくち飲むと、そのチープな味のレモンティーは身体に沁みた。ふと、あの検査技師の女性の顔が思い浮かんだ。
「紅茶がおいしいです。わたし、大好きなんです」
効率よく検査をさばくために、とことん合理化された流れの中で、女性の言葉はある意味ムダなひとことだ。職務上、評価されるようなポイントでもなければ、業務マニュアルに記されている類のことでもないだろう。でも、というか、だからこそ、血の通ったあのひとことは、朝からベルトコンベアーに載せられ、パサパサに乾いていたわたしの心に沁みた。
沁みる、といえばさいごに胃に沁みるほど、史上最高に不味かったコーヒーの話をしよう。
場所は、アメリカのとある街のドライブイン。
「コーヒーあります」という看板につられ、わたしがサンドイッチ店に入ると、カウンターには大柄なアジア系の女の子が、暇そうにひじをついてテレビを観ていた。
「コーヒー、ひとつください」
わたしがいうと、彼女はひじをついたまま、顔だけこちらにむけ、
「ハァ?」
挑戦的にため息をつき、たて続けに吐き捨てるようにいった。
「カーッ」
タンでも吐かれるのかと、後ずさりしながら、
「え?」
わたしが聞き返すと、もういちど彼女は眉間のシワを一層深め「ハァ?」と「カーッ」をくりかえしたのだった。
ケンカでも売られているのか?と身構えそうになったその時、
「ホットか、アイスか。どっち?って聞かれてるんだよ」
みかねた友人が助け舟をだしてくれなければ、まさか彼女が「Hot or Cold?」と言っていたのだとは、一生気づけなかったことだろう。
ともあれ、ホットをひとつ注文する。
彼女はだるそうに立ち上がり、冷蔵庫から紙パックのコーヒーをとりだすと、容器にドボドボついで電子レンジにつっこんだ。電子レンジはグォングォンと、まるでロケットでも発射しそうな音をたてたあげく、チーンとひとつ鳴って止まった。
マクドナルドのコーラのXLぐらいの容器に、湯気のあがるどす黒い液体をなみなみとついだのをドンッとよこされ、すっかり気圧されてしまったわたしがおもわず友人と顔を見合わせると、友人は「すこし先に、スタバがあるって言ったのにー」と苦笑いしていた。
嫌な予感しか、しなかった。
けれど、現実はその予感をはるかに上回るものだった。
女の子の暴力的なコーヒーのいれ方のせいなのか、それともほんとうは濃縮タイプのものを希釈するのを忘れたからなのか。
コーヒーは、煮詰まったアスファルトの味がした。
#アスファルトの味は、知らないのですが。これは、パリのシェイクスピア書店で飲んだ、とっても美味しかったカフェラテ。