くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

変わっちまったな

朝。いつもは静かなローヌの岸辺に、レジャーシートのお花畑ができていた。こんな朝早くに、なにごとだろう? あわててメガネをかけてみると、シートの上には何やらごちゃごちゃ品物がならべてある。町内のヴィッド・グルニエ(vide-grenier)が、開かれていたのだった。

プロがメインのブロカントと違い、一般の人が不用品をひろげるヴィッド・グルニエは、玉石混交のさらに上をゆく。子ども服やおもちゃはわかるとしても、はきふるした大人用のくつや、ブラジャーなんてものまでならんでいるのだ。冷やかしながら歩いてみても、目をうばわれるようなものはほとんどなかった中で、ゆいいつ足をとめたのは、ワインボトルを運ぶためのホルダーである。

ボトルが六本おさまるよう、スチールで形どられたケースには、手で提げられるようハンドルがつけられている。その形は子どものころ、牛乳を配達してもらっていたときのホルダーを思わせた。ホルダーを夜のうちに勝手口に出しておくと、翌朝、牛乳が配達される。それをとりにいき冷蔵庫に入れるのが、わたしと妹の役目だった。ホルダーのなかでカタカタと音をたてる、牛乳ビンの音がなつかしい。

いつだったか。フランスの田舎に住む友だちの家に遊びにいったとき、ピクニックで飲み物を運ぶのに使っていたのがちょうどこんなホルダーだった。それ以来ずっといいなぁ、と思っていたのだ。それに、そう。空いたボトルをならべて、花を生けてもいいかもしれない。

売り手のおじいさんに声をかけ、とってを手にとり、もちあげてみる。

「これ、よくない?」

夫なんかに意見をもとめたのが、そもそものまちがいなのだけど、

「フーン」

気のない返事がかえってきて、ふくらんでいた購買欲は、しゅるしゅるとしぼんでしまった。もちあげたホルダーをそっともどし首を横にふってみせると、おじいさんは右眉の端をあげてそれにこたえ、読んでいた新聞に目を落とした。

まったく、買いものはひとりか女友だちとするにかぎる。値段ぐらいきいてみてもよかったかも、などと半分うしろ髪ひかれながら歩いていると、どこからかぷーんと甘い匂いがする。

え? おもわず二度見してしまう。すっかり周囲になじんでいるので、見違えそうになったけれど……まちがいない。すれちがった金髪の男の子が手にしていたのは、たい焼きだ。

少しいくと、小さな屋台の看板に「Fish Cake」とあった。

一個、3フラン。

二個だと、5フラン。

「ヌッテラ、ふたつください」

尻尾がピンッと跳ね上がった独特の形は、まごうことなきたい焼きなのだけれど、中身は洋風なのだ。甘いほうはヌッテラの他に、チョコレート、マロンクリームの三種類。くわえて、チーズやツナなどしょっぱい系があるのが、斬新である。

「写真、撮ってもいいですか?」

売り子をしていた女の子にきくと、

「いいけど、高いわよ」

と、となりの女の子と一緒にポーズをとってくれた。

いや、たい焼きのほうなんだけど……と、ベタなボケに苦笑いしつつ「とても払えないので、たい焼きの写真にしておきます」とかなんとかいいながら、たい焼きの写真をとらせてもらう。

きづけば女の子たちが「たい焼きを激写するわたし」のことを可笑しがって、クスクス笑っていたのだけれど、激写の理由をおしゃべりできるほど、フランス語が堪能ではないわたし。包んでもらったたい焼きを手に、とぼとぼと店をあとにした。

ヌッテラ味の、たい焼きかぁ。

ふいに包みから顔を出すたい焼きくんと、目が合った。

「変わっちまったな」

わたしは目を細めた。

ちっとも変わってない、あんこがつまったまんまのわたし。

すっかり変身したたい焼き君のことが、ちょっぴりまぶしくみえた。

*ローヌ川をバックに。すっかり変わっちまったたい焼きくん。