「上ばっかりみて歩いて、穴に落っこちないように」
わたしがニューヨークに行く、というと、母はそういった。
そういわれて、10才ぐらいのとき、母と妹と三人で、はとバスに乗ったことを思い出した。
あれは、新宿の副都心、だったとおもう。
ビルをみあげては、姉妹がかわるがわる方言丸出しで、
つぎはどこへいくのだとか、
このビルは何のビルなのだとか、
大声で聞くものだから、たまりかねた母が一喝したのだ。
「おのぼりさんって、バレちゃうでしょう!」
いま思えば、はとバスに乗っている時点で、おのぼりさんも何もないものである。
が、ある意味、母は正しい。
ニューヨークで、上をみあげて歩いているのは、みんなおのぼりさんである。
そして、あのあと東京で、妹は上野動物園のキリンに気を取られて、みずたまりで尻もちをつき、東京にいくために買ってもらった新品のピンクのスカートのお尻に、おおきなシミをつくることになったのだ。
そのような母のありがたい忠告にもかかわらず、わたしは、天にむかってそそりたつ高層コンドミニアムを、人目もはばからず見あげていた。
それもただ見上げるばかりでなく、口をあんぐり開けて。
わたしは、ニューヨークでくらしはじめたばかりの友だちが住む、コンドミニアムを訪れていた。
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