くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

神秘的な雨の森で癒しのウォーキング&毒キノコ狩り。山岳リゾート・アローザですごすスイスの秋(2)

翌朝、目を覚ますと、そとは雨が降っていた。天気予報によると、最高気温6℃、最低1℃らしい。雲なのか霧なのか境目のはっきりしないもやの中に、向こう側に見えるはずの山もかすんでみえない。

こりゃ、今日はトレッキングはキャンセルかな?ホテルで1日のんびりしようか、などとぐずぐず朝食をとっていると、

「すずしくてとってもいいお天気ね!」

トレッキングガイドのカリンが、さっそうとリュックを背負って登場した。

「え?」

ものはとりようである。

「風もないし、弱い雨だし、歩けばどうせ暑くなるからこれぐらい寒いのががちょうど気持ちいいわよ」

キャンセルだなんて微塵も考えていなさそうなカリンの笑顔におされ、半信半疑ながらもトレッキングウェアに着替えた私たち。

この日は、森の中を歩いてAlteiner滝、Gruenseeli湖をめぐり、Stausee湖でフィニッシュする、という総行程10.44km、上り487m、下り712m、所要時間3時間34分の中級コースだ。

カリンは、郵便局員の夫と地元アローザに暮らす三人の男の子のママである。

ふだんは育児に奮闘する専業主婦だが、夏と冬はそれぞれトレッキングガイドとスキーインストラクターとしてパートタイムではたらいている。

スラリとした長身に、ショートヘア。化粧っ気もない。

だれかの冗談にも、本当におかしそうに思いっきり引き笑いするかざり気のなさは、ちいさな女の子がそのまま大人になってしまったよう。

小学校の卒業アルバムをみせられたら、そっくりそのまま同じ顔のカリンをみつけられるにちがいない。たぶん。

「雨の日の森ってトクベツな雰囲気がして、わたし、晴れてる日より好きだわ」

私たちの気分をアゲようとしてなのか、ニコニコしてカリンがいう。

森が呼吸している中を歩いてるみたいじゃない?と本気で深呼吸しているようすをみると、ほんとうに心から雨の日の森を愛しているようにもみえるのだった。

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カリンにいわれて、五感を総動員して森をかんじようとこころみた。

雨はやさしく木々の葉っぱを濡らし、しずかに音をたてる。

すべてのものが水気を含んで、しっとり煙って見えるかと思えば、とつぜんつやつやと色鮮やかにきらめいたりする。

ミスト状の空気には、苔や土や朽ちた木のツンとしたにおいや、草花の青くさいかおりがいりまじり、まるで森の呼気につつまれているようだ。

たしかにカリンのいうとおり、森全体が生き物のように呼吸しているようだった。

「あ、あそこ!」

メンバーのひとり、モントレー氏が指さす。

大きくカーブするトレイルの先に、一匹の鹿がたちどまりこちらを振り返っているのがみえた。おしゃべりも、歩みもとめ、息をのむ私たち。あっという間もなく、鹿は後ろ足をけりあげ、小さくジャンプすると霧のむこうに消えてしまった。

それは音もなく一瞬のできごとで、ほんとうにすーっと消えるようだったので、夢のような神秘的なきもちになったのだった。

Alteiner滝に近くなると、急に森がとだえ、ゴロゴロと石だらけの河原に出た。

「今年8月に起きた土石流なの。こういう場所は他にもたくさんあるけど、ここは出来たてホヤホヤよ」

とカリンがいうので、よくよく見ると、無残にもまる裸になった木々がところどころ残っていて、ただの河原ではないことにきづく。これだけ大量の岩や石が押し流される力のものすごさを思うと、そしてその上を歩いていると思うとちょっと足がすくんだ。

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Gruenseeli湖までは再び、森の中を歩く。

実はわたし、森の中でひとつ楽しみにしていたことがある。それは、きのこ。ただでさえ、皆より歩くのが遅いうえに、道々きのこはないかと目をやりながら歩くので、さらに皆に遅れをとってしまう。でもやめられない。

あきらかに毒キノコ、とわかるものから、ポルチーニ?マッシュルーム?と思われるものまで、ちょっと気をつけてみるとニョキニョキ生えているのだ。

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さすがに、見分ける自信はないのできのこ狩りはあきらめたが、夏のお花畑に匹敵するくらい、雨に濡れて怪しく光るキノコたちは美しかった。ただ一人、毒キノコに萌えて写真をとりまくる私に、スイス人の皆さんは呆れ顔。

唯一、カリンだけが、この特大毒キノコには興奮したらしく、カメラを取り出して一緒に盛り上がってくれた。カリンが大好きになった瞬間であった。(つづく)

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*キノコ狩りは地元のひとのあいだでは人気らしく「1日あたり一人2キロまで」と重量制限する看板までたっているほど。キノコなら2キロもあれば十分すぎると、私的には思うのですが。。ポルチーニやジロール茸などおなじみのキノコも自生しているようですが、そういう食べられるものは地元の人がさっさと採ってしまいます。なので歩いていて見える範囲に残っているのはほぼ毒きのこ、と思ってよいそうです。