午前11時05分のカフェ。わたしはフランス語のN先生を待っている。
プライベートのカフェレッスンは11時からの約束だ。
たいした遅刻ではないというのもあるけれど、こうして待たされてもイライラしないのは、N先生のとある才能のおかげである。
いったいきょうはどんな言い訳で登場するんだろう?
おもわず期待してしまうほど、いつだってN先生の言い訳はバラエティに富んでいておもしろい。
「デモに巻き込まれて変なところに連れて行かれたの」
「でがけにいきなり家具がとどいちゃって」
「おばあさんが道に迷っていたので助けていたの」
「牛のフンを踏んづけて、着替えにもどってたの」
「朝起きたらメガネがみつからなくて」
などなど。
N先生と出会ったのは五年前の大学のサマーコースなのだが、当時からN先生の言い訳の才能はさえわたっていた。
たとえば、あくび。
授業中にしょっちゅうあくびがでるN先生。あんまりひんぱんなもので、クラスメートの男子が「ねむいんですか?」と質問した。
「あくびは身体のもつ生理現象よ」
悪びれず言いながら、もうひとあくび。
「眠いとか、つまらないとかいうんじゃないの」
つまり、くしゃみや咳と同じなのよ、とニッコリ。
それから、車の免許。
当時、N先生は運転免許の教習を受けていた。
ドライブできるようになったら、イタリアのリビエラにバカンスに行くのが目標だと張り切っていたのだが、いっこうに免許をとったというしらせは届かず。。
去年までは「教官のパッション(情熱)が足りない」だのなんだのとぼやいていたのが、今年になってついに「運転は来世ですることにした」らしい。
He that is good for making excuses is seldom good for anything else.
言い訳の上手いひとは、他に得意なものがない。
Benjamin Franklin
けれども、おもしろい言い訳は、それだけでもう立派な才能。ほかに得意なものなどいらないんじゃないかとわたしは思うのである。