くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

夫が気にいった、香水のはなし。

大人になるとホメてくれる人がいなくなる、と書いたところ、

「国際結婚なら、ダンナさんがホメてくれるでしょ?」

と、いう人がいた。

ダンナさまは、生粋の千葉県人、というM子さんだ。

「キレイだね、ハニー」とか。

「ステキだね、プリティ」とか。

「なんて美しいんだ、スィーティ」とか。

欧米人のダンナさまたちは、情熱的でロマンティックだから、年がら年じゅうそんなふうにいってくれるんじゃあないの?

そう、M子さんはいうのである。

わたしは、考えこんでしまった。

M子さんのいうことは、半分正しくて、半分正しくない。

まず、キレイだねとか、ステキだねとか、なんて美しいんだとか。年がら年じゅういってくれるかといわれれば、それはそう、たしかにそうなのだ。

でもだからといって、欧米人の男性みんながみんな、情熱的でロマンティックか、といわれれば、首をひねらざるをえないだろう。

ましてやみんながみんな「キレイだなぁ、ステキだなぁ、美しいなぁ」などと心から思ってそれらの言葉を口にしているのかといえば、はなはだ怪しいものだとわたしは思っている。

たとえば「今日もキレイだよ」と毎日いってくれるけど、奥さんが髪型を変えたのに気づかない夫というのは、どうだろう?

まるで他人事のように書いてみたけれど、もちろんこれは、わが家のことだ。

このことは、図らずも「今日もキレイだよ」が単なるあいさつにすぎないことを、示唆するものではないだろうか?

どうだろう?

「どうだろう、じゃないでしょ。まったく素直じゃないんだから〜」

M子さんはあきれはて、それきり話題を変えてしまった。

でも。

そういうM子さんこそ。

ダンナさまから、年齢の数だけバラを束ねた巨大なブーケをもらったのに「ふだん悪いことばっかしてるから、うめあわせよ〜、うめあわせ」なんていって、ぜんぜん素直じゃなかったことを、わたしはちゃんとおぼえているのだ。

わたしからみれば、生粋の千葉県人のほうが、よっぽど情熱的だと思うのだけど、、どうだろう?

あんまりしつこいと、M子さんに愛想をつかされそうだったので、これは頭の中だけで口にするのはやめておいた。

その夜のことだった。

昼間、M子さんとさんざんそんな話をしていたから、虫が報せたのだろうか?

(それともM子さんが、知らせたのかもしれない。)

わたしは、びっくりしてしまった。

風呂上がりに涼んでいると、どういう風のふきまわしか、

「あれっ?香水、変えた?」

などと、夫がいいだしたのだ。

いいだしただけではなく「すごくいい香りだ」と胸いっぱいに香りをすいこみ、ウットリしはじめるものだから、わたしはすっかりうろたえてしまった。

きゅうに、夫がロマンティックで情熱的なことをいいだしたから、ではない。

夫が白眼をむいてウットリしている、その香りとは。

それは、近所のスーパーで買った、虫除けスプレーだったからである。

(虫除けスプレーって、こんなふうに胸いっぱいすいこんで、大丈夫なものなのだろうか?)

(ウットリしているつもりで、虫除け成分に殺られているということはないだろうか?)

そんなわたしの心配をよそに、

「いままでの香水より、こっちのほうが断然いいね」

そうきっぱり言い切り、満足気にほほえむ夫なのだった。

それにしても。

「気に入ってくれてうれしいわ、ダーリン」

ただひとこと、可愛くいっておけばいいものを。

真実を明かしたくて、うずうずしているわたしには、そもそも、ほめられる女の資格などないのかもしれぬ。

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*ハーブ主体の自然派スプレーだったことは、不幸中のさいわい。

f:id:sababienne:20190731195411j:plain*1500円の虫除けスプレーに負けた、ゲランとシャネル。