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スイスのくらし、旅のエッセイ、日々のできごと、おもうこと。

レネの机

いま必要というわけではないけれど、いつか手に入れられたらなぁ、と思うものを「欲しいものリスト」にして手帳に書き留めてある。

年始め、手帳を新しくするのと同時にこのリストを移しかえる作業が、何となく始まってしまった一年の、ぼんやりした気分にぴりりと気合をいれてくれて、なかなかおもしろい。

たとえば、去年ついに手にいれたぞ!と、リストから外すモノもあれば、どうしてこんなモノが?とすっかり困惑してしまうものもある。

そうかと思えば、このところずっと気になっているアレを、今年はリストに加えておこうというモノもある。

そんなことをつらつらと考えながら、リストをアップデートしていると、何をどう?というのはさておき、いつのまにか「ことしもガンバロウ!」という気分になっている。

 

その「欲しいものリスト」に、ここ数年居座りつづけているものがある。

レネの机、だ。

それは、アンティークのライティングデスクで、わたしたちがアメリカにいくと泊めてもらうレネの家のゲストルームにある。

デンマークに暮らしていた、レネのお祖母さんが使っていた机である。

ひとの持ち物を「欲しいものリスト」にリストアップするのも、ずいぶん乱暴な話だとわれながらおもう。

しかし、大きさといい、形といい、雰囲気といい、こんな風な机のことを、いったいどう表現したらよいのか、わからないのだからしかたがない。

だったら「レネの机のような机」とでもすればよさそうなものだが、そういうことでもない。

レネの机はレネの机であって「レネの机のような机」ではないからだ。

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*レネの机。一番上の引き出しをひきだすと、机になるしくみ。

ところで机といえば、小学校入学のお祝いに買ってもらった、漫画のヒロインが描かれた学習机にはじまり、東京のアパートで使っていた小さなライティングデスクから勤務先のオフィス机まで、いろいろな机を使ってきた。

けれどもスイスに来てからは、何をするにももっぱらキッチンのダイニングテーブルである。

日当たりがよくベランダから外の景色も見える、わが家の特等席にあるので気に入って使っているのだが、ただひとつ問題があるとすればそれは、長時間ものを書いたりパソコンを使っていると、身体のあちこちが痛くなることだ。

そもそも食事をするためのテーブルで別のことをしているわけだし、まぁ年のせいでもあるのだろう、と半分あきらめていたのだけれど、最近ひょんなことから、原因はそればかりではないことがわかった。

 

話はしごく単純で、欧米製の家具は欧米人男性の標準体型(身長170〜180cm)に合わせて作られている。

つまり、わたし(身長160cm)には大きすぎるのだ。

ためしに測ってみると、わたしの体型に合う机の高さは67cmなのに、わが家のダイニングテーブルは75cmくらいある。

ちなみに椅子のほうは、39cmに対して45cmもあった。

これじゃあ、身体に不調がでても不思議はない。

ちょっと大げさにいうと、子供が大人用の椅子と机を無理してつかっているようなものなのだから。

日本の家具は、おおむね日本人の体型に合わせて作られているから、これまで家具のサイズといえば部屋に収まるかどうか、にばかり頭がいっていた。

けれども、洋服とおなじで身体にフィットするかどうか、ということも本当に本当に大事なのだ。

そんな、よく考えてみれば当たり前のことに気づくのに八年もかかったすえ、ようやくわたしはダイニングテーブルからの卒業を決めたのだった。

 

さて。

巻尺をポケットに忍ばせ、家具屋という家具屋をめぐりめぐった挙句、ついに先週わが家にやってきたのは「レネの机のような机」ではなく、、人間工学に基づいて設計された机と椅子である。

体型に合わせて高さが調節できる、というそのスグレモノは「レネの机」とは似ても似つかぬオフィス家具メーカーのものだ。

そう、わたしは今まさに、その机の上で新しい手帳をひろげ、欲しいものリストを更新している。

そして何を隠そう、リストの一番目に「レネの机」と記したばかりなのだ。

机を買ったばかりなのに、机を欲しいものリストに残すというのも、考えてみればおかしな話ではある。

むろん、将来わたし専用の広々した書斎が持てて、机を二つも三つもおける豪邸に住むことになったら話は別だけれど、いまの所そんな予定はみじんもない。

ためらいもなく自然に記してしまってから、そんな矛盾に気づいたのだけれど、それでハタと思い当たることがあったのだ。

わたしは「レネの机」が欲しいわけじゃないのかもしれない。

 

いつだったか、レネの家を訪ねたときのことだ。

レネの家はちょうど一年がかりのリノベーションを終えたところで、家じゅうをガイドツアーしてみせてくれたことがあった。

新しい木の匂いが気持ちのいい床や、ピカピカの壁紙よりも、わたしの目を釘付けにしたのは、それとは対照的に、古いけれど大切にされているオーラを発するモノたちだった。

長年コツコツ集めた、ニューオリンズのジャズフェスティバルのポスター。

アフリカに住む幼なじみのクラフト作家が、駆け出しのころ作ってくれた籠。

大伯母さんから受け継いで、修理しながら使っているソファ。

お祖父さんとお祖母さんから、プレゼントされた人形。

レネの家にあるモノたちは、レネその人を物語っていた。

なるべく新しいものは買わない。たとえ新しいものを買ったほうが安上がりだとしても、古いものを直しながら使うようにしているレネ。

余分なものや使わなくなったものは、故郷のアフリカに寄付しているレネ。

モノの背後にある個人的なストーリーを、大切にしているレネ。

そう。

わたしは、そんなレネのモノとのつきあい方に、あこがれているのかもしれない。

つまり「レネの机」が欲しいわけではなく。

 

スッキリした気分で新しい手帳を閉じ、わたしは思う。

来年も、再来年も、ずっと「レネの机」は、欲しいものリストに居座りつづけることだろう。

欲しいものリストが「物欲リスト」にならないよう、自戒をこめて。

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*子供のころお祖母さんとお祖父さんからプレゼントされたというお人形が、リビングのソファに。ちなみに。。わたしのところにやってきた机と椅子はチューリッヒに住むデザイナーの若者が、買い替えでいらなくなったものを、オークションで購入したセカンドハンドです。途中、ソロトゥルンという美しい街の美術館によりながらドライブがてら受け取りにいったのも、よい思い出に。