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スイスのくらし、旅のエッセイ、日々のできごと、おもうこと。

絵本の中のクニット君と、リアルのクニット君のお話。

ムーミンシリーズ全9巻を、読み終わった。

読みはじめたのは、東京でムーミン展に行ったとき。

アニメは子どものころさんざん観たものだけれど、そういえば小説は読んだことがなかったな、と思いたってからだから、かれこれ一年以上もかかってしまった計算になる。

読み終えた日、何気なくインターネットをみていたら、その日(8月9日)は著者トーベ・ヤンソンの誕生日で、ムーミンの日だという記事をみつけた。

できすぎてる…、とおもったらさらにもう一つ、できすぎた話がやってきた。じつは絵本の初版本集め、というものにハマっているのだけれど、その日トーベ・ヤンソンの絵本のオリジナル版をみつけたのだ。

スイスだから、スイス人絵本作家のものは手に入りやすいけれど、人気のトーベ・ヤンソン、しかもフィンランドのオリジナル版なんて、なかなかお目にかかれるものではない。というわけで、絵本は全9巻読了のごほうびとして、わたしの手元にやってくることになった。

絵本「さびしがりやのクニット」は、ひとりぼっちで臆病な男の子クニットが、とある女の子スクルットのために、勇気をだして自分を変え、幸せになるお話だ。スウェーデン語ゆえ、夫にざっとあらすじを読み聞かせしてもらっただけなのだけど「誰かのために変われる」っていいなと、しみじみ思った。

でもまぁ、、絵本の話だしね、実際のところ自分を変えるなんて、いうほど簡単じゃないよね。絵本は好きだけど、お話をうのみにするにはオトナすぎるわたし。いつもだったらそう読み流しているところだっただろう。

それが、自分のためにじゃなくて、大切にしたい誰かのためになら、本当に変われてしまうものなのかもしれないな。そんなふうに素直に読めてしまったのは、じつはつい最近、リアルな「クニット君」のお話を、目の当たりにしたばかりだったからなのだ。

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その青年、、クニット君と呼ぶことにしよう。

ひとなつこい性格で、初対面のときからとっても話しやすかったクニット君は、出会った時すでに20代後半だったのだけれど、小学校のクラスにひとりはいそうな、よくいえばちいさな男の子みたいな青年だった。

親切だし、温かいハートをもっているし、ユーモアもあるし、発想が自由で話していて楽しい。でも、ちょっとばかり人とちがう所が、長所にもなれば短所にもなって、生きにくさにもがいているように、、というかあきらめているようにみえた。

なにより一番の問題は、仕事が続かないことだった。

あれから10年近くがすぎて、30代も半ばになったクニット君。30にもなったら人間そう簡単に変われるわけがないだろうな、と本人も周りも思い始めていたところだった。

ある日。ひさしぶりに集まりの場にいってみると、クニット君のとなりに見たことのない小柄な女の子が座っていた。

おや、と思ってよくみると、クニット君のようすがおかしい。

ぽっちゃりしていた頬がスッキリして、顔つきにしまりがでている。ストリート系の洋服が、スマートカジュアルになっている。おかしなことを言う回数が10回から3回ぐらいに減っている。そして、一番の変化はなんといっても、仕事が一年以上続いている、ということだった。

クニット君のとなりにすわって、いそいそとクニット君の世話を焼いている、笑顔があったかい女の子。

それは、遠い外国からやってきた、クニット君のお嫁さんだった。

自分のためにじゃ難しくても、大切な誰かのためになら、人は変われるのかもしれない。「さびしがりやのクニット」を読んだとき、リアルなクニット君の顔が重なって見えたのは、そういうわけなのだった。

ちなみにリアルのほうでは、話はそこで終わらない。

この女の子(絵本の女の子と同じスクルットちゃん、ということにしておこう)。スクルットちゃんが変えたのはクニット君だけではなかった。クニット君のファミリーが抱えていた、解決策はないように思えた問題を、なんとやってきたその日に、スルッと解決してしまったらしい。

鍵はない、と家族中が探し回って見つからず、お手上げだった箱の鍵は、家の中じゃなくて遠い異国に住んでいた女の子が持っていた、という魔法のようなオチがついていたのだ。

いまいる場所で、どうどうめぐりが続いていることがあるとすれば、その鍵は案外、遠くのだれかが握っているのかもしれない。

ひとつ確かだといえること。それはすべての話のはじまりは、クニット君とスクルットちゃんが踏みだした最初のちいさな一歩にあるということだ。

リアルのほうのクニット君とスクルットちゃんの物語は、まだはじまったばかり。これから二人がどんなお話をつむいでいくのか、わたしは話のつづきをとても楽しみにしている。