そとを出歩く時間がへったぶん、ベランダですごす時間がふえた。
「キャンドルの木」とよんでいる、マロニエの木が芽吹きはじめたなぁとおもったらもう、いまではそのキャンドルが花をつけている。
ベランダでごはんを食べたり、本を読んだりしていると、その白い花の匂いがふわっと風に運ばれてくる。
空気はひんやりしていても、日ざしはすでに力強く、目をとじると初夏のようなベランダは、今、アパートのなかで一番気持ちのいい場所かもしれない。
さいきんそのベランダで過ごしていると、むかいのアパートに住んでいる顔見知りの猫が、話しかけてくるようになった。
といってもこれは「猫がないたのが、話してるみたいに聞こえた」とかいう生半可なものじゃない。
地上からベランダにいるわたしを見上げ、ニャニャニャ、ニャオ、ニャオ、ニャーン。
口のかたちをア・イ・ウ・エ・オと器用に変えて話すようすは、抑揚も、表情も、まるで人間。
1センテンス、2センテンス、、えんえん話しつづけるようすは、頼んでないのに世間話が止まらない近所のおばさんのようなのだ。
わたしは猫を飼ったことがない。
だから、そんなのうそだぁと信じてもらえないのか?
そんなの当たり前よ、とたいしておどろいてもらえないのか?
しょうじき、どっちなのかわからない。
ともあれソーシャル・ディスタンスで、夫以外としばらく口を聞いていないわたしは、おしゃべりできるならば猫でもうれしい。
てきとうに「ニャニャーン」とか返していたら、地上であそんでいた女の子がいうのがきこえた。
「お二階にも、猫ちゃんがいるみたいだねぇ」
あわてて頭をひっこめ、そのひょうしにテーブルの角でしたたかに肘をうった。
そういえばちょっと前に買った絵本のタイトルが、まさに「猫はどこへ行く?(Ou vas le chat?)」だった。
絵本にしては、ちょっと大人っぽい絵本で、アパートの一室にかわれている猫が、毎日ほかの住人のところへでかけていく一週間を、描いたもの。
絵のあかるい色づかいがハッピーな気持ちにしてくれて、描かれている住人たちの暮らしぶりがのぞき見できるのが、目にたのしい本だ。
人間関係をおやすみ中のいま、こんなふうに”猫カンケイ”を構築してみるのもありかもしれない。
まじめに、そう、おもいはじめている。