くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

無口で無愛想:コーニェ村日記(6)

2月9日(木)晴れ

6日間の滞在中、朝食のテーブルを担当してくれたウェイターさんが、今朝は注文をとる代わりに「紅茶ですね」とウィンクをよこした。毎朝紅茶を頼んでいたのを、ついに覚えてくれたのだ。最終日の朝というのが皮肉だけど、ちょっとうれしい。

ところで毎朝楽しみにしていたものといえば、紅茶の他にはあのパンだ。いつかこの休暇のことを懐かしく思いだすことがあるとしたら、まずあのパンのことを恋しく思うにちがいない。そんなパンのことを「あのパン」のままお別れしてしまうのは、いかがなものだろう?

「あのブリオッシュのような丸くて小さいクリームが詰まったパンは、何というパンなのですか?」

わたしが聞くと、ウェイターは、

「あのパンは、”ヴェネチアーニ(Veneziani)"といいます」

と教えてくれた。ヴェネチアーニは、パネトーネ生地を使ったパン。大きいものと小さいものがあり、この小さくて中にクリームの詰まっているものは、イタリアでは朝食の定番らしい。

ヴェネチアーニを食べおさめ、チェックアウトをすませると、わたしたちは村の荒物屋にむかった。ながい昼休みのせいで連日タイミングが合わず、結局入れずじまいだったあの荒物屋に、コーニェを発つ前にどうしても立ち寄りたかったのだ。

わたしはおそるおそる扉を開けた。というのも、営業時間を確かめたくて見たネットのレビューで「店主は、無口で無愛想」と書いている人がいたからだ。

「ボンジョルノ〜」

元気なあいさつが、静まりかえった店内にむなしくひびく。レジからチラリとこちらをみたおじさんが、うわさの店主にちがいない。にこりともせず、小さな声で「ボンジョルノ」とつぶやいただけで、読んでいた新聞に目を戻してしまった。

わたしが、英語は話しますか?ときくと、

「ポコ(ちょっとならね)」

ぼそっと一言かえってきた。ポコ、という言葉のひびきがコワモテにそぐわず可愛いことに、勝手に親近感を覚えたわたしはひとりホッとして、お目当てのオイルフォンデュ用の銅なべについて質問した。店主はぽつりぽつり、ぶっきらぼうではあったけれどもていねいに説明してくれた。いくつか見せてもらった中でアオスタ産と教えてもらったなべを、わたしたちが買うことに決めると、店主は展示してあったものとは別の、箱に入った新品を倉庫から出してくれた。

「中身は、同じものでしょうね?」

念のため中身を確認したくて、Rが聞くと、

「展示品のほうがよければ、そうするかい?」

お客さんも物好きだねぇ、と箱をひっこめてしまいそうになったので焦った。

疑うわけではないけれど、海外では(ときには故意に)中身が違っていることもしばしばで、確認する癖がついているだけなのだ。わたしたちがあわてて首を横にふると、店主はニヤっと笑い、そして何ごともなかったように、箱から中身をだしてみせてくれた。何のことはない、最初からみせてくれるつもりだったのである。箱の中身も確認し会計を済ませると、さいごに店主は、燃料とフォークのセットをオマケにつけてくれた。

店を出たわたしたちは、ほとんど同時に顔を見合わせ笑い出した。

「レビュー、まんまの人だったね」

店主は無口で無愛想。じつをいうとあのレビューには、こういう続きがあったのだ。

「しかしだからといって、店主が不親切、というわけではない」

こんなにも簡潔で美しく的を得たレビューを、わたしはみたことがない。そしてまるで広告のコピーのようなそれは、コーニェという村のレビューとしても、そのまま使えそうなのだった。包んでもらった銅なべを車に積み、コーニェの村はずれまできてふりむくと、谷間にひろがる雪原が目に入った。夏にはこの雪原が、ハーブとお花畑にかわるらしい。

(おしまい)