夕方。ピンポーンとドアベルが鳴ったのでドアを開けると、宅配便の配達だった。えんじ色の制服に野球帽をかぶった配達員は、筋肉隆々、思わず見上げてしまうほどの大男。ひょいと小脇に抱えているのは、彼が抱えているから小さく軽そうに見えるけれど、六本入りのワインの箱である。そういえば、ちょっと前にワインのセールがあったのでまとめて注文しておいた、とRが言っていたのだ。
「ありがとう」
箱を受け取り、いつものように「サインを」と言われるのを待っていると、配達員は巨体をモジモジさせながら何やら口ごもっている。なんだろう? と思っていると、彼はサインのかわりにこう切り出した。
「あのう、明日の朝って、家にいますか?」
翌日の午前中は、特に外出の予定もなかった。
「いますよ」
わたしがそういうと、
「えぇっと、でしたら、もう一箱は明日でも構いませんか?」
と、配達員。
つまり、ワイン二箱を届けにきたのだが、残りの一箱は明日の朝、配達しても構わないか? ということなのだった。わが家は集合住宅なので上から順番に配達してきて、一度に持ちきれなかった残りの一箱が、まだ外のトラックにあるらしい。ワインはすぐ飲む予定もないし、明日でも全然構わないのだけれども。
いったい、なぜ?
クエスチョンマークが、わたしの頭の中をぐるぐる回る。
「構いませんけれど……」
とりあえずそう答えると、配達員はほっと頬をゆるませた。
「じつは、お迎えの時間が」
保育園に通う娘さんのお迎えにいかなければならない、というわけなのだった。
そういわれて時計をみると、わが家のアパートの一角にある保育園も、お迎えのラッシュアワーを迎えるころだった。
毎日、朝と晩。ベビーカーが大挙して押し寄せるこの保育園のラッシュアワーは、みていて飽きない光景だ。子どもを連れてくるのはお母さんである場合もあるけれど、お父さんたちも負けてはいない。五分五分か、もしかしたら、お父さんのほうが若干多いくらいで、アパートの管理人さんや、近所のレストランのご主人の顔をみかけることもしばしばだ。
どうしたら、働いているお父さんがこんな時間にこんなに大勢、お迎えに来られるのだろう? と常々不思議に思っていたのだけれど、なるほど、こういうわけなのだ。
職種はさまざまでも、仕事と家庭の天秤のバランスがとれているのだろう。
何でもかんでも常に仕事第一だったり、反対に家庭第一である必要はなくて、その場に応じてどちらを優先するか? 個々に考えられる余地のあることが、いいなぁとわたしは思う。
わたしはワイン一箱分のサインをして伝票を手渡した。
「では、また明日!」
とさわやかな笑顔を残し、一足飛びで階段を降りていく配達員の大きな背中は、すっかりお父さんの背中になっていた。