くららの手帖

ローヌの岸辺暮らし、ときどき旅

道しるべ、いろいろ。:クランモンタナ 山日記〈前編〉

駐車場をぬけると、車道にでた。ごぉーっとうなるようにエンジン音をひびかせ、砂を積んだダンプカーが、リュックを背に歩くわたしたちを追い抜いてゆく。休業して久しい様子の不動産屋の軒先に、朽ちかけた木のベンチをみつけ、わたしたちはサンドイッチを食べた。

「本当にこの道で、合ってる?」

さっきからずっと気になっていたことを聞く。わたしたちがいるのは、スイスの山岳リゾートなのだ。何が悲しくてアスファルトの道を歩き、トラックや車のいきかう車道で、昼ごはんを食べなくてはならないのだろう?

ホテルでもらった地図によると、この日歩くことにしたのはリゾートができて百周年の記念に作られたハイキング・ルートで、要所要所に道標が立っているはずだった。地図には”湖畔を歩きしばらくすると森に入り、渓流にかかる橋をいくつかわたれば、スイスアルプスを一望する展望台にでる”と、写真入りでみどころが紹介されていたのだ。

しかしこの時点で既に、わたしたちが歩きはじめてから一時間がたとうとしていた。所要時間は二時間とあったので、いまだに湖はおろか森も渓流もいっこうに姿をみせないのは、

「あきらかにおかしいんじゃないの?」

とわたしがねちねち言ったら、Rは自信たっぷりに言った。

「道標が出てたから、合ってるよ。」

うるせぇなぁ、という言葉が口からは出てこなかったけど、態度からにじみでていた。しかしそう言われてしまうとさらなる反論の余地はなく、わたしたちは再び車道を歩き続けた。Rが「出ていた」といった、その道標をわたしがみつけたのは、目的地(結局、バスターミナルがあるだけだった)には着くには着いたあとの帰り道のことだ。

「ほら、あれだよ、あれ」

Rが指さす道標をみるとたしかに、大きな矢印の形をした黒枠の中にはっきりと目的地の名前が記されてある。Rは「ね、合ってたでしょ」としたり顔にいった。

合ってるけど……

「これって、車用の標識だよね?」

しばらく行くと案の定、黄色い板切れがいくつも打ちつけてある木の杭が、道路脇にひっそり立っていて、そこから小径が森の木立の中に消えているのをみつけた。近づいてみると、板切れのひとつに「百周年記念ハイキングコース」とあった。

目に入った道路標識に従ってしまうのは、ドライバーの習性だから仕方がない。そもそも、ただついていくだけで任せきりにしたわたしも悪い。がしかし、よりによってスイスの山岳リゾートで(しつこくてすみません)、車道ハイキングするはめになるとは!

せめてそこからホテルまでは、と気をとりなおし、わたしたちはそのハイキングコースを歩くことにしたのだけれど、森を抜けるその小径は車道とはうってかわって、静かで空気が澄んでいて、リスや鳥や花やせせらぎに目をみはる、まさに百周年記念にふさわしい素晴らしいルートだった。

それだけに。フイにしたモノの大きさを確認すればするほど、わたしは落胆を隠せない。目的地に着くことだけが大切なのじゃない。どんな道のりを通ってそこに辿り着くのかが大切なのに。

すると、

「森なら明日また、歩けばいいじゃん」

Rが悪びれずにいうので、わたしは耳を疑ってしまう。

たしかに荷造りの時、Rの下着が四組あったのをみて、おかしいとは思っていたのだが。この休暇が三泊四日ではなく四泊五日だということを、わたしはこの時はじめて知ったのだった。

(とりあえず、パンツが一枚足りないけれど……後編へつづく。)

*森の入り口に「リスにピーナッツをあげないでください」と看板が立っていた。野生動物だから餌付けするな、という意味かと思ったら、メッセージは「ピーナッツじゃなくて、クルミにしてください」と続いていた。リスが自分で書いたみたいで、可笑しい。

*泊まっていたホテルでは、女子サッカーのハイチ 代表チームがW杯前の合宿をしていて、朝食の会場でウェイトレスに「チームのメンバーですか?」と聞かれました。「わたしが?まさか」と返したら「ですよねー」と笑ってました。しかしこれも何かの縁。プールやエレベータでいっしょになった顔がテレビに映し出されるのを観ながら、ハイチ 、応援しています♪